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執事の覚悟

警報が屋敷中に鳴り響く。


赤い非常灯が廊下を照らし、静かだった神代家は一瞬で緊張に包まれた。


「侵入者は北棟です!」


警備員の声が無線から聞こえる。


俺はイヤホンマイクを耳に付けながら走っていた。


「玲奈さんは?」


『お嬢様は護衛班が避難を開始しました!』


「絶対に一人にしないでください。」


『了解!』


その時だった。


「蓮!」


聞き慣れた声。


振り返ると、玲奈が廊下を走ってきていた。


「玲奈さん!」


「どうしてここに!」


「あなたが一人で行くから!」


「危険です!」


「嫌!」


玲奈は俺の腕を掴んだ。


「またいなくなるのは嫌!」


その言葉に胸が締め付けられる。


十年前。


玲奈は目の前で父を失った。


だから。


俺まで失うことを恐れている。


「玲奈さん。」


俺は静かに彼女の肩へ手を置く。


「聞いてください。」


「……」


「私は帰ってきます。」


「でも!」


「約束しましたよね。」


玲奈は涙をこらえている。


「約束は守ります。」


「……本当に?」


「はい。」


「絶対?」


「絶対です。」


玲奈は小さく頷いた。


「……嘘ついたら怒る。」


「はい。」


「一週間口きかない。」


「それは困ります。」


思わず笑ってしまう。


玲奈も少しだけ笑った。


「じゃあ。」


「行ってきます。」


「……行ってらっしゃい。」



北棟。


古い客間が並ぶ廊下。


人の気配はない。


だが。


空気だけが異様だった。


「出てきてください。」


俺は静かに声を掛ける。


返事はない。


その瞬間。


天井から黒い影が飛び降りた。


「!」


俺はとっさに横へ転がる。


鈍い音。


床にナイフが突き刺さった。


黒いコートの男。


監視カメラに映っていた人物だった。


「反応が早い。」


低い声。


「父親そっくりだ。」


「お前が……。」


男は笑う。


「久しぶりだな。」


「初対面です。」


「お前はそうだ。」


男はゆっくり歩き出す。


「だが俺は、お前を赤ん坊の頃に見ている。」


「……。」


「黒崎誠は最後まで俺を止めた。」


「そのせいで死んだ。」


怒りが込み上げる。


「父を殺したのは。」


「お前か。」


男は肩をすくめた。


「正確には。」


「邪魔だっただけだ。」


その一言で。


俺の中の何かが切れた。


「……。」


俺は無言で一歩踏み出す。


男も動く。


二人の距離が一気に縮まる。


拳と拳。


蹴りと受け。


家具が吹き飛び、窓ガラスが割れる。


男は笑っていた。


「いいぞ!」


「それでこそ黒崎の血だ!」


俺は何も答えない。


ただ。


玲奈を守る。


その一心だけで動いていた。



一方その頃。


地下シェルター。


玲奈はモニターを見つめていた。


そこには蓮の姿が映っている。


「蓮……。」


拳を握る。


何もできない自分が悔しい。


「お嬢様。」


藤堂が隣に立つ。


「心配しなくても。」


「蓮は強い。」


「でも。」


玲奈は首を振る。


「強いから心配なの。」


「?」


「強い人ほど。」


「一人で抱え込むから。」


藤堂は少し微笑んだ。


「よく見ていますね。」


玲奈は決意したように立ち上がる。


「私。」


「お嬢様?」


「もう守られるだけは嫌。」



戦いは続いていた。


男の動きは速い。


しかし。


俺も徐々に癖を見抜き始めていた。


「終わりだ!」


男がナイフを振り下ろす。


その瞬間。


俺は父の懐中時計を握った。


カチッ。


蓋が開く。


中には写真が入っていた。


幼い俺。


父。


そして。


母。


写真の裏に一行だけ文字があった。


『怒りではなく、守る心で戦え。』


父……。


俺は深く息を吸う。


怒りを捨てる。


守る。


ただそれだけを考える。


男が再び突っ込んできた。


俺は一歩だけ踏み込む。


男の腕を受け流し。


重心を崩し。


そのまま床へ叩きつけた。


「ぐっ!」


男は立ち上がれない。


「終わりです。」


俺が言うと。


男は笑った。


「甘いな。」


次の瞬間。


男はポケットから小さな起爆装置を取り出した。


「!」


「玲奈だけは道連れだ。」


「やめろ!」


男の親指がボタンへ触れる。


その時。


「させない!」


少女の声が響いた。


玲奈だった。


「玲奈さん!」


彼女は男へ飛びつき、その腕を押さえた。


起爆装置が床へ転がる。


俺はすぐに拾い上げ、安全装置を作動させた。


「危ない!」


男は逃げようとする。


しかし。


駆けつけた警備員たちに取り押さえられた。


静寂が戻る。


玲奈はその場に座り込んでいた。


「玲奈さん!」


俺は駆け寄る。


「怪我は!」


「……ない。」


玲奈は震えていた。


「でも。」


「怖かった。」


俺はそっと彼女の肩へ自分の上着を掛けた。


「よく頑張りました。」


「蓮。」


「はい。」


「約束。」


「?」


「帰ってきた。」


俺は笑った。


「約束しましたから。」


玲奈は涙を流しながら笑う。


「お帰り。」


「ただいま。」


その様子を見ていた藤堂は、小さく空を見上げた。


「誠。」


「君の息子は。」


「立派な執事になったよ。」


しかし。


逮捕された男はパトカーへ乗せられる直前、不気味な笑みを浮かべた。


「終わったと思うな。」


「神代家の敵は……。」


「俺一人じゃない。」


その言葉に。


俺と藤堂は同時に顔を見合わせた。


事件は終わっていなかった。


神代家を巡る陰謀は、さらに大きな闇へと繋がっていたのである。

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