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新たな敵

「神代家の敵は……俺一人じゃない。」


その言葉を残し、男は警察車両へ乗せられていった。


パトカーの赤色灯が夜の屋敷を照らしながら遠ざかっていく。


その場に残された俺たちは、誰一人として安心した表情を浮かべていなかった。


「黒崎君。」


藤堂が静かに口を開く。


「彼の最後の言葉。」


「ええ。」


「嘘ではありません。」


俺も同じ考えだった。


あの男は負け惜しみを言うような人間ではない。


最後まで余裕があった。


つまり――。


「まだ終わっていない。」



翌朝。


玲奈は珍しく寝坊していた。


昨日の事件で精神的にも疲れていたのだろう。


「起こさなくていいですか?」


小鳥遊が尋ねる。


「今日は学校を休ませます。」


「承知しました。」


俺は静かに玲奈の部屋を見つめる。


守ると約束した。


ならば。


まずは休ませることも執事の仕事だ。



午前十時。


書斎。


神代宗一郎、藤堂、俺。


三人だけの会議が始まっていた。


机の上には今回の事件資料が並んでいる。


「犯人は口を割らないそうです。」


藤堂が報告する。


宗一郎は腕を組んだまま目を閉じる。


「想定内だ。」


「ですが。」


俺は一枚の資料を机へ置く。


「一つだけ気になることがあります。」


「何だ。」


「侵入経路です。」


屋敷の見取り図を広げる。


「北棟の窓から侵入しています。」


「警備システムは?」


「一時的に停止していました。」


宗一郎の目が鋭くなる。


「外部からハッキングされた可能性は?」


「ありません。」


俺は首を振る。


「内部ネットワークだけが停止しています。」


「つまり。」


「屋敷の人間しか操作できません。」


沈黙が流れた。


やはり。


内通者がいる。



その頃。


玲奈は一人で庭を歩いていた。


「はぁ……。」


昨日のことを思い出す。


蓮が戦っていた姿。


自分は何もできなかったこと。


「悔しい。」


ぽつりと漏れる。


その時。


「玲奈。」


振り返る。


宗一郎だった。


「父さん。」


宗一郎は娘の隣へ立つ。


「昨日は怖かったな。」


「……うん。」


「すまなかった。」


玲奈は驚いた。


「え?」


「父親として。」


「お前を危険な目に遭わせた。」


玲奈は少し笑った。


「違うよ。」


「?」


「昨日ね。」


「蓮が言ってた。」


宗一郎は娘を見る。


「『一人で戦う必要はありません』って。」


「……。」


「だから。」


玲奈は父へ手を伸ばした。


「父さんも一人で抱え込まないで。」


宗一郎は何も言えなかった。


ただ。


娘の頭をそっと撫でた。


それは玲奈が幼い頃以来のことだった。



夕方。


俺は警備室で監視映像を確認していた。


すると。


一人の警備員が慌てて飛び込んできた。


「黒崎さん!」


「どうしました?」


「宅配便です。」


「宅配?」


「差出人不明。」


嫌な予感がした。


玄関へ向かう。


そこには小さな木箱が置かれていた。


送り主は書かれていない。


「触るな。」


俺は警備員を止める。


慎重に箱を確認する。


爆発物反応なし。


毒物反応なし。


ゆっくり蓋を開ける。


中に入っていたのは――


一輪の白いユリ。


そして。


一枚のカード。


俺は読み上げる。


「『次は失敗しない。』」


玲奈が青ざめる。


「これ……。」


宗一郎の拳が震えた。


「宣戦布告か。」


その時。


カードの裏に小さく文字があることに気付いた。


俺は裏返す。


そこには一行だけ。


『黒崎誠は二度負ける。』


「……。」


怒りよりも先に。


冷たいものが背中を走った。


これは。


父への挑戦状でもあった。


「蓮。」


玲奈が俺の袖を握る。


「大丈夫?」


俺は深呼吸した。


「はい。」


そう答えたが。


心は全く落ち着いていなかった。


父の名前を知る者。


十年前の事件を知る者。


まだどこかにいる。


そして。


俺たちを見ている。



その夜。


神代家から数キロ離れた廃ビル。


暗い部屋に数人の男女が集まっていた。


中央の椅子には、一人の女性が座っている。


長い黒髪。


切れ長の瞳。


年齢は三十歳前後。


「失敗しました。」


部下が頭を下げる。


女性は静かに紅茶を飲む。


「構いません。」


「ですが。」


「彼が想像以上だっただけ。」


女性は一枚の写真を机へ置く。


そこには。


黒崎蓮が玲奈を守るように立つ姿が映っていた。


「親子ね。」


女性は微笑む。


「本当によく似ている。」


部下が尋ねる。


「次はどうしますか。」


女性はゆっくり立ち上がった。


「私が行く。」


部屋の空気が変わる。


全員が息を呑む。


「十年前。」


「黒崎誠に邪魔された。」


女性は写真を見つめる。


「なら今度は。」


「その息子を私が壊す。」


窓の外では雷が鳴り始めていた。


新たな敵は、ついに自ら動き出そうとしていた。

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