裏切り者は屋敷の中に
「あなたを守るのが、私の仕事ですから」
俺が玲奈の前へ立つと、男たちは一斉に動き出した。
学校の正門前。
下校途中の生徒たちが悲鳴を上げ、教師たちが慌てて避難を始める。
「みんな、校舎の中へ!」
教師の声が響く。
男は三人。
全員スーツ姿だが、その動きは素人ではない。
「黒崎さん!」
護衛の一人が俺の隣へ駆け寄る。
「玲奈お嬢様を!」
「お願いします」
俺は短く答えた。
護衛たちは玲奈を囲むようにして後方へ下がる。
男の一人がポケットへ手を入れた。
俺は反射的に動く。
「危ない!」
取り出されたのは拳銃ではなかった。
小型の催涙スプレー。
白い煙が一気に広がる。
「きゃあ!」
周囲は大混乱になった。
その隙に男たちは玲奈へ向かって走る。
「邪魔だ!」
一人が俺へ体当たりしてきた。
俺は体勢を低くし、その勢いを利用して男の腕を掴む。
そのまま地面へ投げる。
「ぐあっ!」
残る二人が左右から迫る。
「黒崎さん!」
護衛が叫ぶ。
「玲奈お嬢様を車へ!」
「はい!」
俺は男たちの前に立ち続けた。
「退いてもらいます」
「執事風情が!」
拳が飛ぶ。
俺は紙一重でかわす。
相手の腕を取り、そのまま肩へ乗せる。
鈍い音と共に男が倒れた。
最後の一人は状況を見て舌打ちする。
「撤退だ!」
三人は黒い車へ飛び乗り、そのまま走り去っていった。
数分後。
パトカーのサイレンが聞こえてくる。
事件は終わった。
だが。
俺の胸には嫌な予感だけが残っていた。
◇
神代家。
応接室。
玲奈はソファへ座っていた。
両手でカップを持っているが、紅茶にはほとんど口をつけていない。
「大丈夫ですか?」
俺が尋ねると、玲奈は小さく頷いた。
「……怖かった」
「はい」
「でも」
玲奈は俺を見る。
「蓮がいたから」
少しだけ笑う。
「安心できた」
その笑顔を見て、俺もほっと息をついた。
そこへ執事長の藤堂が入ってくる。
六十代半ば。
神代家に三十年以上仕えるベテラン執事だ。
「黒崎君」
「はい」
「旦那様がお呼びです」
「承知しました」
◇
神代家当主・神代宗一郎。
広い書斎の中央で、静かに窓の外を眺めていた。
「失礼します」
「入れ」
低い声。
俺は一礼する。
宗一郎は振り返ると、じっと俺を見た。
「玲奈を守ってくれたそうだな」
「当然の務めです」
「そうか」
短い返事だった。
しかし、その目は鋭い。
「今日の襲撃」
「はい」
「どう思う?」
俺は迷わず答えた。
「内部情報が漏れています」
宗一郎の眉がわずかに動く。
「理由は?」
「玲奈さんの下校時間。」
「警備体制。」
「車の位置。」
「全て正確すぎます」
「偶然ではありません」
書斎が静まり返る。
宗一郎は机を指で軽く叩いた。
「私も同じ考えだ」
「……」
「神代家の中に裏切り者がいる」
その一言で空気が変わった。
◇
夜。
俺は使用人たちの勤務記録を確認していた。
誰がどこにいたのか。
誰が外部と連絡を取ったのか。
細かく見ていく。
その時だった。
「蓮」
玲奈が静かに部屋へ入ってきた。
「まだ起きていたんですか」
「眠れない」
最近では珍しくない。
俺は椅子を勧めた。
「どうぞ」
玲奈は向かいへ座る。
机いっぱいに並ぶ資料を見る。
「仕事?」
「はい」
「犯人探し?」
「……ええ」
玲奈はしばらく資料を見つめていた。
「ねえ」
「はい」
「もし」
「もし犯人が神代家の人だったら?」
俺は少し考える。
「それでも止めます」
「……」
「相手が誰でも」
玲奈は俯く。
「家族だったら?」
その質問に、俺は答えられなかった。
家族。
その言葉には、重みがあった。
玲奈はゆっくり立ち上がる。
「ごめん」
「玲奈さん」
「おやすみ」
そのまま部屋を出ていった。
残された俺は、一枚の資料へ目を止める。
今日の警備担当一覧。
そこには一人だけ、不自然な人物がいた。
事件が起きる三十分前。
担当区域を無断で離れている。
しかも。
その人物の名前は――
執事長・藤堂。
「……そんな馬鹿な」
俺は思わず呟いた。
三十年間、神代家を支えてきた男。
玲奈が幼い頃から成長を見守ってきた人物。
その藤堂が裏切り者?
考えにくい。
だが、記録は嘘をつかない。
俺は資料を閉じ、静かに立ち上がった。
「まずは真実を確かめる」
執事の仕事は主人に仕えること。
しかし今、俺にはもう一つの仕事ができた。
神代家に潜む裏切り者を見つけ出すこと。
そしてその頃、屋敷の地下にある古い資料室では、一人の男が電話を切っていた。
「……ええ」
「黒崎蓮は予想以上です」
男は薄暗い部屋で笑う。
「計画を第二段階へ移しましょう」
受話器を置いた男の顔は、闇に隠れて見えない。
ただ、その胸元には神代家の使用人だけが身につける銀色の徽章が静かに輝いていた。




