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お嬢様を狙う影

神代家の朝は、いつもと変わらなかった。


鳥の声。


庭師が歩く音。


厨房から聞こえる食器の音。


一見すれば、平和な日常。


しかし。


俺だけは違和感を覚えていた。


「……」


窓の外を見る。


昨日、庭に現れた男。


神崎商事の人間。


そして。


遠くから向けられていた視線。


偶然ではない。


誰かが玲奈さんを見ている。


「黒崎様」


声をかけられて振り返る。


メイド長の小鳥遊さんだった。


「どうしましたか?」


「警備担当から報告がありました」


「何か?」


小鳥遊さんの表情は真剣だった。


「昨夜、屋敷周辺で不審な人物が確認されたそうです」


「……」


やはり。


「玲奈さんには?」


「まだ伝えていません」


「正解です」


俺は頷く。


「ただし」


小鳥遊さんが言葉を続ける。


「お嬢様は気づくと思います」


「……はい」


あの人は。


以前とは違う。


人の表情を見るようになった。



「蓮」


朝食の席。


玲奈は紅茶を飲みながら俺を見る。


「何か隠してる?」


いきなりだった。


「……」


「やっぱり」


「なぜそう思うのですか?」


玲奈は少し得意げな顔をする。


「最近分かるようになったから」


「何がですか?」


「蓮が嘘をつく時」


俺は少し驚いた。


「そんなに分かりやすいですか?」


「うん」


即答だった。


「いつもより丁寧になる」


「……」


「あと」


玲奈は指を一本立てる。


「私を見る回数が増える」


完全に見抜かれていた。


「玲奈さん」


「何?」


「成長しましたね」


「だから子供扱いしないで」


少し怒った顔。


だが。


その表情も昔より柔らかい。


「では」


俺は正直に話すことにした。


「昨日の男性についてです」


玲奈の表情が変わる。


「やっぱり」


「神崎商事の関係者でした」


「……」


「ただ、まだ目的は分かりません」


玲奈はしばらく黙った。


そして。


「蓮」


「はい」


「怖くないの?」


「何がですか?」


「私のせいで危険になること」


俺は少し考えた。


「怖いですよ」


玲奈が驚く。


「え?」


「私は無敵ではありません」


「……」


「危険なら怖いです」


「じゃあ」


玲奈は小さな声で聞く。


「なんで?」


俺は答えた。


「怖いからです」


「?」


「大切な人が傷つく可能性があるから」


玲奈の手が止まる。


「……」


「だから守ります」


しばらく沈黙。


そして。


玲奈は顔を赤くした。


「……今」


「はい?」


「大切な人って言った?」


「言いました」


「……」


「何か問題が?」


「ない」


玲奈は目を逸らす。


「ないけど」


「はい」


「急に言うの反則」


「?」


俺には意味が分からなかった。



午後。


玲奈は学校へ向かった。


もちろん護衛付き。


俺も同行する。


すると。


校門前。


一人の少女がこちらへ走ってきた。


「玲奈!」


「美咲」


玲奈の友人らしい。


明るい雰囲気の少女だった。


「久しぶり!」


「昨日も会ったでしょ」


「そうだけど」


少女は俺を見る。


「この人は?」


「私の執事」


「え?」


少女は目を丸くする。


「本物?」


「はい」


俺が答えると。


「すご……」


「普通ですよ」


「普通じゃないから!」


少女は笑った。


「玲奈が誰か連れてるなんて珍しい」


「……」


玲奈は少し黙る。


「そう?」


「うん」


友人は笑う。


「前の玲奈なら、人を近づけなかった」


その言葉に。


俺は少し驚く。


「そうだったんですか?」


玲奈は目を逸らす。


「昔の話」


「でも」


友人は続ける。


「最近変わったよね」


「……」


「楽しそう」


玲奈は少し照れた。


その時。


俺の視界の端に。


黒い車が止まった。


違和感。


運転席。


助手席。


後部座席。


全員同じ方向を見ている。


玲奈へ。


「玲奈さん」


「?」


「少しこちらへ」


「どうしたの?」


俺は答えなかった。


いや。


答えられなかった。


危険を感じた。


次の瞬間。


車のドアが開く。


男が降りてきた。


「神代玲奈さんですね」


周囲がざわめく。


俺は一歩前へ出る。


「どちら様ですか」


男は笑った。


「迎えに来ました」


「……」


「あなたのお父様から」


その言葉に。


玲奈の表情が固まった。


「父から?」


「はい」


男は封筒を差し出す。


「こちらを」


俺は受け取ろうとした。


しかし。


玲奈が先に手を伸ばした。


「待ってください」


「蓮?」


「確認します」


封筒を見る。


名前。


印章。


一見、本物。


だが。


俺には違和感があった。


「これは」


男が笑う。


「何か?」


俺は封筒を握る。


「偽物ですね」


周囲の空気が止まった。


玲奈が驚く。


「え?」


男の笑顔が消える。


「なぜ分かる」


「簡単です」


俺は答える。


「神代家の正式な印は」


封筒を見る。


「少し違います」


男の顔色が変わった。


「……」


「それに」


俺は続ける。


「玲奈さんのお父様は」


「娘を呼ぶ時」


「こんな回りくどい方法は使いません」


男が後ずさる。


「貴様……」


その瞬間。


男たちが動いた。


周囲が騒然となる。


玲奈が息を呑む。


俺は静かに構えた。


「玲奈さん」


「はい」


「下がってください」


「蓮……」


俺は振り返る。


「大丈夫です」


そして。


「あなたを守るのが」


「私の仕事ですから」


だが。


この時。


俺はまだ知らなかった。


この事件の裏にいる人物が。


神代家内部の人間だということを――。

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