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第3話 あなたの知らない花の名を⑦


 辻田さんと別れたあと、俺たちは会場の外にあったキッチンカーで昼食をすませ、次の目的地へと移動した。

 キッチンカーでは上質なタンパク質がふんだんに盛り込まれたプロテインバーガーが販売されており、ボディビルの影響をモロに受けた俺は迷わずそれを頼んだ。みずほ姉ちゃんはアボカドエッグバーガーを食べていたが、途中でお腹がいっぱいになったと訴えてきたためその余りをもらった。

 その後に電車に揺られ、改札を出てから歩くこと約十分。スマホのナビに従いながら、俺は事前に調べていた道順に沿って歩く。

 改札を出てからしばらく経ったところで、手を繋いでいる若い男女の二人とすれ違った。自然体でいて微笑ましい雰囲気だった。


『二人とも、仲良くてお似合いだね。お幸せに』


 別れ際に辻田さんから言われたことを反芻する。

 ハニカム計画の手前、否定はせずにやり過ごしたものの、そのときから気恥ずかしさでみずほ姉ちゃんと目を合わせることができなかった。

 傍から見たら俺たちはカップルに見えるらしい。

 子どもの頃から一緒だったから、まるで実感がない。

 二人で遊んでいて同級生からかわれたことなら何度もある。

 ガキの頃はそのたび相手と喧嘩したりむきになって否定したりもしたが、今は俺たちも高校生で、仮とはいえ恋人関係にある。

 みずほ姉ちゃんはどう思っているんだろう。

 懸念した通り、俺の彼女役を担うことに内心辟易していたら申し訳ない。

 まして、楽しいと思っているのが自分だけなら、なおさらだ。


「…………」


 ちらりとみずほ姉ちゃんの様子をうかがうと、何やら物憂げな表情で目を伏せている。

 やっぱり、ネタで仕込んだ予定に無理して合わせてくれたに違いない。

 俺は歩いていた縁石から降りて、歩くペースをさらに落とした。

 

「あのさ……」


 気まずくなって話かけようとした拍子に、俺の指先がみずほ姉ちゃんの指にちょんと触れた。


「っ!!」


「あ……ごめん」


「う、ううん、ちょっとビックリしちゃっただけだから」


 みずほ姉ちゃんは慌てたように俺に触れた手を押さえた。

 そんな、不浄のものに触ったみたいな反応されるほど……いや、さすがにそこまでではないにしろ、確実に好意的な反応じゃなくて胸がキュッとなる。


「そういえばね、衣彦と辻田さん、ちょっと似てるなって思った」


「何筋?」


「筋肉じゃなくて」


 辻田さんのことは尊敬しているが、似ていると言われると不服という複雑な男心が俺の胸にはある。


「うまく説明できないけど……純粋で、自分で自分のことをわかってないところとか。あ、良い意味でだよ?」


「いまいちしっくりこない解釈はさておき、最後に『良い意味で』って添えときゃ何言ってもセーフとか思ってないよね?」


「してないしてないっ。私の語彙力が足りないだけ。でも、辻田さんと初対面でも仲良くなれたってことは、少しは気が合うところあったんじゃない? それか、私の言った通り衣彦は人見知りなんかじゃないんだよ、きっと」


「でも次会ったときにはもうその人格死んでるよ。会話ができるタイプの陰キャって初回のコミュニケーションで命のすべてを燃やすから、二の太刀はないんだ。俺はこれを示現流陰キャって名付けてるんだけど……」


「何言ってるか全然わかんないけど、そんなことないよ」


「辛辣」


 呆れながら嘆息するみずほ姉ちゃんに、俺は少し安堵する。

 そう。みずほ姉ちゃんにはこうやってとりとめのない軽口を言い合えるから安心できる。この信頼関係を築けた異性はみずほ姉ちゃんただ一人。

 下手なことをして嫌われるリスクを背負ってまでこの関係性を失いたくない。

 みずほ姉ちゃんは俺にとって、大事な幼馴染みなんだ。

 

「あ、着いた。ここだ」


 やがて目的地まで着いた俺たちは、目の前の建物を見て足を止めた。

 ツタに覆われた石作りの壁。何故か屋根の上にそびえる朽ちた十字架。

 近くの電線に止まるカラスの群れはカァ、カァ、と鳴きながら俺たちを見つめ、まるで縄張りへの侵入者を威嚇しているようだった。


「…………」


「……今なら引き返せるけど、どうする?」


「ううん。行こ……“おもしれー女”に、二言はないから……!」


「何か目指してる?」


 ささやかな疑問を呈すると、一羽のカラスが降下しながらバサバサと俺たちのすぐそばを横切った。

 みずほ姉ちゃんは「きゃあっ!」と驚き俺の腕に抱き着く。俺は反射的にみずほ姉ちゃんをかばいながら、無意識に二の腕に当たる柔らかい感触に全神経を集中させていた。ダメだ、盛りのついたオスの性が理性を邪魔してくる。

 大事な幼馴染み。大事な幼馴染みなんだ……。

 俺は下唇をちぎりそうなほど強く噛みしめ、心の中でそう自分に言い聞かせながら込み上がる煩悩に堪える。

 ここは『トマホークカフェ・館』。

 背徳者が飲むコーヒーは、苦い。



 そこは廃墟の一室のような、ガラクタだらけの納屋のような、そんな一室だった。

 使い古しの家電やまばらな大きさのガラス瓶、適当に積み上げられたコンクリートブロックに、そこかしこに置かれた薄い木板。

 それらが所狭しと並べられた『トマホークルーム』では、利用者のいかなる破壊行為も許されていた。


「くたばれクソ女ァ!!」


 ドスッ!! 


「言いたいことあんなら言えよぉ!! めんどくせーんだよ察してちゃんはよぉ!!」


 ガシャンッ!! 


「ふぅ……はい、みずほ姉ちゃんの番」


 あちこちにスクラップの残骸が飛び散り、トマホークルームにわずかに砂ぼこりが舞う。

 破片の飛散防止用のつなぎに着替え、ヘルメットとゴーグルを装着した俺は汗ばんだ額を拭い、みずほ姉ちゃんに斧を渡した。


「あ、えっとうん……」


 俺と色違いで同じ格好をしていたみずほ姉ちゃんは、おずおずと俺から斧を受け取り、緊張した面持ちで深呼吸をした。

 そして、


「えいっ」


 ──ゴスッ。ゴトッ。

 意を決して投げた斧は、コンクリートブロックの壁に当たり傷一つ付けずに落下した。


「コンクリート可哀想になった?」


「ただ力ないだけっ! も~、わかっててそういうこと言う~」


「ごめんごめん。こうやって、もっと振りかぶって投げたら威力上がるよ」


「これくらい?」


「まだ大きくかな。ちょっと貸して。多分みずほ姉ちゃんが自分で思ってるより腕上がってないから、今の四割増しくらい大きく振りかぶって──こうっ!!」


 ガッ!! メキィッ!!

 前方で的になっていたマネキンの頭部が、投擲によって首ごともげた。


「こうやって、特定の人物を思い浮かべながら憎しみのエネルギーを力に変換するんだ。簡単だろ?」


「簡単なのかな……」


 トマホークカフェとは、アメリカン・フロンティアの荒々しさと現代の洗練されたカフェ文化が融合した体験型コンセプトカフェだ。

 店内は西洋RPGの世界観をベースに木材やアイアンを使ったインダストリアルな内装に仕上げられ、目玉となるサービスは店内の一角に設けられた斧投げスペースで粗大ゴミの的を斧で破壊できるという個性的なシステムだった。

 この店の他に犬猫のカフェや甘味処巡り、海などの候補もあったのだが、みずほ姉ちゃんの「どうせなら“おもしれー”候補も入れちゃお」というリクエストに応えた末ここが採用された結果、矢が刺さった。


「みずほ姉ちゃんは優し過ぎるんだよ。悪いやつってさ、そういう優しい人を狙って都合良く使おうとするから、怒るときは怒るってところを見せないと、この先ずっと都合よく扱われ続けるんだ。だからね、俺はみずほ姉ちゃんにはこのトマホークカフェで健全に怒るのための練習をして欲しいんだよ」


「私の周り、悪い人なんかいないよ」


「え? ……あ~、それはきっと、秋子おばさんや他のみんながこっそり守ってくれてたんじゃないかな」


「えっ、そうなの?」


「多分ね。みずほ姉ちゃんが人の悪意に気付いてないって説もあるけど、俺の姉ちゃんや龍兄たちだって、それとなくみずほ姉ちゃんを庇ってるところは何度も見たよ」


「そっか……私、今まで気付かなかったんだ……」


「まぁこれはただの遊びだし、少しずつ感情の発露ができるように──」


「アプリの広告、邪魔だよーーーーーー!!」


 ドスッ!! 


「お、おう……」


 あらぬ方向でみずほ姉ちゃんのボルテージが上がった。


「サランラップ勝手にくっつくの、どうにかしてーーーー!!!!」


 ガンッ!!


「インターホンも鳴らさないで不在票置いてかないでよーー!!!!!」


 バキィッ!!

 破壊、そして所帯じみたストレスの爆発が止まらない。

 日頃どれほどのストレスを溜め込んでいたのか、今のみずほ姉ちゃんの目には世の理不尽への闘志がみなぎっていた。 

 と、半ば他人事のようにみずほ姉ちゃんを見ていた俺も──


「量減らすくらいなら値上げしろーーーー!!」

 

 ガツッ!! メキィッ!!

 企業努力に消費者としての一石を投じた。

 俺みたいに無責任な子どもが問題提起したところで声が届かないのはわかっている。だが、俺たちは食べ盛りまっしぐらな成長期。健康な社会は健康な食生活からなんだ。だからせめて、小さくした分の量を元に戻してくれ、お菓子。

 

「仕分けが逆なのに、何で損益が逆にならないのーーー!?」


 パリィン!!


「『何もしてない』のにパソコンが壊れるわけねーだろーがよーー!!」


「ちょっと!! それ私の話だよね!? こないだインターネット繋がらなくなったやつ!!」 


「オーストラリアの首都はシドニーじゃないって、何度言ったらわかるんだよーーーー!!」


「ねぇー!! それも!! それも私の話ぃーー!!」


 幼馴染の男女が奇声を上げながら全力で鈍器をぶん投げる。

 傍から見ればそんな狂気的な光景も、俺にとってはどこか懐かしく、久しぶりだった。

 最後にこうして遊んだのはいつだっただろうか。河川敷で水切りをして遊んだ頃か。

 投擲によって首ごともげたマネキンの頭部が、地面に転がりながら俺たちを見て微笑んでいるような気がした。




 トマホーク投げのアクティビティを終えた俺たちはカフェスペースで休憩した。

 俺はソフトクリームでみずほ姉ちゃんは抹茶パフェを頼み、二人で一口ずつ分け合って食べたりもした。ここに来てようやくデートっぽいことをしている気がする。

 先ほどまで破壊衝動の赴くまま乱痴気騒ぎを繰り広げていた俺たちは、今は憑き物が落ちたように穏やかな時間を満喫している。

 ストレス発散してスッキリしたのだろうか、みずほ姉ちゃんの表情も心なしか午前中よりも晴れやかに見えた。


「意外と汗かいたね」


「ね。明日、筋肉痛かも……」


 わざわざ腕まくりをして力こぶを作るみずほ姉ちゃん。細いな、としげしげと観察すると、みずほ姉ちゃんの爪に艶やかなネイルが塗られていることに気付いた。

 内心冷や汗をかく。危うくせっかくのネイルがトマホークで割れるところだった。薄桃色で自然な色味だったので気付かなかったが、もっと早く察して配慮するべきだった。失態だ。


「? どうかした?」


「あ、いや、体重戻ったかなって……一時期、すごいやつれてたから」


「うん。前とおんなじくらいになった。一番酷かった時期で七キロ近く痩せてたもん」


「マジ?」


「マジ。でもあの頃ってお母さんの介護で毎日必死だったから、自分の変化に気付く余裕なんてなかったんだよね。優希が下宿に残ってくれてなかったら、今頃私も倒れてたかも」


「また縁起でもないことを」


「過ぎたら全部思い出だよ」


 あっけらかんとして笑うみずほ姉ちゃんに、内心驚く。タフ過ぎるだろ。病気になった母親を限界まで介護した末に亡くして、その上でこんな風に笑っていられるのは上位の修行僧の域に達しているんじゃないか。


「私も筋トレ始めようかな」


「するの……? ボディビル」


「ボディビルはしないけど……」


 苦笑いを浮かべながらまくっていた袖を戻すみずほ姉ちゃん。その手をもう一度よく見ると、わずかに手荒れやあかぎれが見えた。


「衣彦に空手習うのもいいかな。とにかく、強くならなきゃって思ったの。こないだみたいなこともあったでしょ? もしまたそういう事態になったらきっと、今の私じゃ何もできないから……少しでも下宿のみんなを守れるようになりたいと思って」


 こないだみたいなこと、とは先日俺たちが遭遇した強盗未遂の件だろう。

 あのときは潤花が犯人をこてんぱんにして制圧し、俺はスタンガンを食らって悶絶していただけという経緯もあって、下宿生の身を案じるみずほ姉ちゃんにとってはそれが心配の種となって残っていたのかもしれない。だとしたら、その不安を取り除かねばならない。

 

「たとえば俺がバイト始めて下宿の備品買うようなったり、料理教室に通い出してみずほ姉ちゃんの手伝いしたいって言ったら、どう思う?」


「急にどうしたのって思う。気持ちはありがたいけど」


「そう、今まさに俺もそんな気持ちでさ」


 言いかけてクリームがコーンからこぼれそうになっていたことに気付き、慌てて舐める。同時にみずほ姉ちゃんは鞄からティッシュを取り出そうとしていたため、俺は手の平を向けてそれを制止した。

 

「俺、みずほ姉ちゃんは今まさに人並み以上にがんばってて、その上でもうこれ以上ないほど下宿を守れてると思うんだよ。人生経験なんて全然ない俺が言っても説得力ないけど、みずほ姉ちゃん以上に努力してる人、キャプテンたち以外に見たことない」


「褒め過ぎじゃない?」


「逆だよ。今俺の語彙力が足りなくて歯がゆい」


「やだ、ちょっと恥ずかしい」


「だからこそなんだけど、もしみずほ姉ちゃんが今以上の努力、何か手を広げることになったら、確実に食卓に影響が出るわけですよ」


「ん~……そうかな?」


「たとえば今みずほ姉ちゃんが毎日やってることって、朝昼夜の献立考えて作って、学校通って宿題や勉強して、下宿の掃除・洗濯・買い物やその他経営管理。プライベートの時間なんてほとんどないのに、俺たちの面倒見ながらハニカム計画までやらなきゃいけない。これだけでもう二十四時間働いてるようなもんだろ?」


「改めてそう聞くと、そうかな。忙しい人だね」


 めっちゃ他人事みたいに言う。


「だろ? それに加えて新しい習慣に時間を割いたら、疲労の限界超えて今充分にできてることができなくなると思うんだよ。きっと疲れて集中力が鈍ったら勉強なんてしてられないし、料理のクオリティだって下がる。美味しいご飯が食べられなくなった下宿生一同はみずほ姉ちゃんに隠れて秘匿ピザパーティーを横行するようになってコレステロールの増加が止まらない。ろくに掃除もされない下宿はあちこちにクリスピーの欠片が散らばって絶え間ないチーズ臭に汚染されてあっという間に肥満大国の完成だ。考えるだけでコーラ飲みたくなる」


「後半だいぶ極端だけど……うん。言いたいことはわかるよ」


「お分かりいただけて何より。それにみずほ姉ちゃん休学明けで勉強の方だってしんどいだろ? 赤点や補習になったら夕飯俺が作ったバリカタインスタントラーメンになるけど」


「ヴゥッ……!」


「すげぇ声出たな」


「……いろいろ、今のままがんばる」


「でも、やるにしても少しずつに体鍛えるのは良いと思うんだよ。部屋で筋トレとか一駅手前で降りて歩くとか」


「まずは体力を付けるための体力作りってところだね」


「そうそう。俺もいつでも付き合うからさ、空手やボディビルっていう選択肢はそのあとにしよ」


「ボディビルの選択肢はないよ?」


「それにさ、下宿を守るって、何もみずほ姉ちゃん一人の役目じゃないよ」


 みずほ姉ちゃんはジト目で俺を睨みながら、抹茶パフェを口に運ぶ。一応聞いてくれる耳はあるらしい。


「下宿に住んでる俺たち下宿生だって、自分たちの居場所を守る義務がある。何もかもみずほ姉ちゃんに任せたりしないで、俺たち一人一人がそれを自覚してみずほ姉ちゃんの負担を減らさなきゃいけない。それはこれから俺たち下宿生同士で話し合う必要があると思うよ」


「でも、うちは下宿で、お金をもらう代わりにみんなに高校生活をちゃんと過ごしてもらうようにするのが仕事だし……」


「でも、友達だろ。いや、ただの友達じゃない。一緒に暮らしてる、家族でもある」


「家族って、そんな大げさな……」


「大げさに聞こえるかもしれないけど、少なくとも俺はみずほ姉ちゃんのためなら高校三年間かけても良いよ。みずほ姉ちゃんが今も、今までも一生懸命がんばってるのを知ってるから、自分の時間なんて惜しくない。他のやつらだって、みずほ姉ちゃんの苦労を見て思うところはあると思う。だからこの突拍子もない計画に乗っかったんじゃないか?」


「衣彦……」


「約束しただろ。俺たちはこの下宿でお互いに助け合おうって。それが共生……相互扶助の本質ってやつなんじゃないのか」


「……」


 カチャリとスプーンを置いて沈黙するみずほ姉ちゃん。その瞳は少し潤んでいた。

 辛い記憶を思い出させてしまったかと少し罪悪感が沸いてくる。

 だが、一人で全部を抱えようとするみずほ姉ちゃんにはどうしても言っておかねばならないことだった。

 学業や下宿、そしてこの先たった一人で生きていかなければならない将来への不安。

 まだ十六歳のみずほ姉ちゃんが背負わなければならないものはあまりにも多い。きっとこの先の三年間だって、人並みの高校生活さえ叶わないだろう。

 だからこそ、一番近くにいる俺がみずほ姉ちゃんを支えなければならない。

 誰か一人の我慢で成り立つ居場所なら、全員で笑って卒業なんてハッピーエンドは夢のまた夢だ。


「衣彦は……男女の間で友情って成り立つと思う?」


「……へ?」


 予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出た。

 思春期男女の間で手垢がつくほど議論されてきたその問題提起。折に触れてみずほ姉ちゃんが言及してきたのはこれが初めてかもしれない。

 そもそも男女間の友情なんて、今さら聞くまでもない。あるに決まっている。

 現に俺たちはどの異性よりも仲の良い幼馴染みとして今までやってきたんだし、みずほ姉ちゃんだってそれをわかっているはずだ。

 それをわざわざ聞いてきたのは……いやマジで何? 急にどうしたんだ?


「衣彦! 垂れてる! アイス垂れてる!」


「えっ、あっ……やば」


 気が付くと、重力に引かれて落ちたクリームの雫が指の背をつたい、手首へ向かって細く白い線を描いていた。思いのほか時間が経っていたようだ。


「ごめん、私が変なこと聞いちゃったからだよね。忘れて」


 みずほ姉ちゃんは早口でまくし立てながら俺の腕に垂れたクリームをハンカチで拭く。

 その間俺はみずほ姉ちゃんにされるがまま、その光景をぼんやり眺めていた。

 自分のハンカチがあるのに、と思いながらも意識は別のことに向いて何も言えなかった。

 俺はさっき自分が何を考え、どう答えようとしていたんだ。

 白いもやがかかったような自問の答えが導くことができず、今までのように即答できなかった自分に驚きの感情さえあった。

 やがて腕にこぼれたクリームは綺麗に拭き取られ、ほのかに甘い香りが残った。

 どこかほっとしている自分がいた。



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