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撤退

 豪鬼。

 その魔族は幹部という肩書に恥じない確固たる実力を持った男だった。

 巨大な肉体で振るう鉄のこん棒はただ一振りで鉄の城門を粉砕したという逸話さえ残っていた。

 果たして、スライムの柔らかいボディは城門よりも固いのか?


 ───巨大なスライムの体は一瞬にして崩壊する。

 

 その答えはあまりにも明白だった。


「……嘘っ」


 体を波打つ衝撃はほんの一瞬でスライムの体を吹き飛ばしていった。

 

「(っぶねぇえええ)」


 己の体が綺麗さっぱり吹き飛んでいくのを落下しながら見る僕は絶叫する。

 本当に危なかった。攻撃を受ける直前、分身体を使った体を切り離すのが少しでも遅れて居たらまずかった。

 まぁ、保険は地面にまだ埋めてあるから絶望的な状況と言うわけではないが……うん。危なかった。でも、何とかなった。あれは豪鬼の最期の一撃だった。

 首を斬られて、生きている鬼族もいない。豪鬼は僕が地面に落ちるよりも早く完全に倒れて沈黙していた。


「スライムちゃんっ!?」


「(わふっ)」


 僕が地面に元の小さな姿で落ちる前にリーシアがキャッチする。


「……生きている?」


「(ギリギリだったけど、無事にね)」


 膝をつき、僕を抱えるリーシアの言葉に答えるように体を震わせる。


「……逃げよう、か」


「(えっ?)」


 その震えにしばらく、体を打たれていたリーシアはぼそりと小さな声で呟くと共に立ちあがる。

 そして、まだたくさん残っている魔族たちを残し、リーシアは僕を抱えたままこの戦線を離脱し始める。


「(……まぁ、良いか)」


 後ろを振り返り、此方を追ってくることもなく戸惑う様子の魔族を見て息を吐く。

 多くの魔物を失い、魔族も失い、指揮官を失った。

 ここから作戦を継続することはできないだろう。もし、無理やり実行したところで流石に勝てないだろう。

 僕たちがやるべきことはやっただろう。


「……」


 渓谷を離れ、また森林の方へと戻ってくる。

 完全に離脱出来たところでリーシアは再び、その場にしゃがみ込んでしまう。


「(んっ?)」


 そして、彼女の腕から力が抜けて僕は自由になる。


「……私、馬鹿だ」


「(リーシア?)」


「また、まただ。くだらない油断。少し、気を取られて不覚を取った。あの日と同じ。レイを失った日と同じレイが死んじゃった日と同じまた私は同じことをしたつまらない理由で油断して敵から視線を外して守れなかった私は勇者なのにただ見ているだけで……私は、……何も、出来ずに」


 ぶつぶつと、リーシアはその場で後悔の言葉を吐き続ける。


「(いや、僕の方が悪かったよ……迂闊にリーシアの元に向かったせいで彼女の隙を産んでしまった)」


 でも、あの場面で明らかに悪かったのは僕の方だった。

 そんな、僕の懺悔の言葉はリーシアに届かない。


「あの日……あの時、……後悔したのに。懺悔したのにっ。私は何も変われていない!?ずっと……ずっと、あの時のままっ!?レイを守れなかったっ!……守れなかった、愚かで……弱い」


 リーシアの瞳から、涙がにじむ。

 懺悔の言葉だけが響く。


「(……愚か、だったのは)」


 その彼女の姿を前に僕もまた、懺悔を口にする。

 ふと、頭の中に飛来するのは───本来、大事にしなきゃいけなかった警告だった。


『お前は少し、自虐的すぎるぞ?もっと自信をもってだなぁ?』


 昔、パーティーメンバーの一人であった少女から言われた言葉を思い出す。


『そうかな?』


『あぁ、お前は自分の命の価値を低く見積もり過ぎている。自分をおざなりにするような作戦が多いぞ?お前ならもっと、自分を危険に晒さず上手くやる方法を考えられるだろう。楽な方に逃げるなよ?』


 ある国の王女として生まれ、姫騎士と言われていたその人は常に自信へと満ち溢れていた。

 同じ仲間として、誇らしいほどに立派で強かった彼女の言葉通りの結果になってしまったように思う。


「私は……っ、私はぁ……」


 過去を振り返って、僕は今を見る。

 大事に、思っていた。世界で一番大切だと思っていた幼馴染が、僕の前で泣いていた。

 

「(結局、僕は……)」


 愚かだったのは僕だった。

 今でも思う。あの場面であれば、僕が命を落としたあれが最善だった。でも、あの場面が作られないようにする努力はもっと出来たはずだ。

 楽、しようとしたのかもしれない。地道に時間をかけて自分たちの評価を変えていくのではなく、敵を一網打尽にする罠を作って終わらせようとした。

 その結果が、この無様。

 何もかもが無くなって、大切な人を泣かせてしまった。


 覚悟だ。

 覚悟がなかった。命を、捨てる覚悟がなかった。

 覚悟もなく、ただ命を捨てた。残された者のことを考えず、捨てたのだ。


「……スライムちゃん?」


 そっと、僕はリーシアを抱きしめようとする。

 大きくした身体は柔らかく彼女を包む。

 泣き顔が見えないように。

 世界で一番大切だった幼馴染を隠すように。

 

「(やり直し、出来るんだよ。今、やり直しているんだ)」


 人は死んだらやり直しできない。

 でも、僕はやり直しをする権利を得た。


「……こんな、私でも慰めようと、してくれているの?」


「(当たり前じゃないか)」


 先も、反省するところばかりだった。

 リーシアを英雄として再び歩かせよう。また、栄光を。そう思って、功を焦った。まだ弱い自分を餌にして、リーシアを戦場に連れ出した。

 これは、自分を大切にしているとは言えない。


「(今度は、一人にさせないから)」

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