病み魔女
振り返れば、私は恵まれた生まれだったと思う。
大国の貴族の娘として生まれ、両親から愛されて育った私は確実に恵まれていた。
「マリアは神童だなぁ」
「えへへっ」
この日々が、ずっと続くと思っていた。
優しい両親の元ですくすく育ち、王国の学園に入学した私はそこでも優秀な学生として、何不自由ない生活を送っていた。このまま、私は誰かと結婚して子供を作って。
貴族の娘としての役目を果たし、多くの人に囲まれながら死ぬのだと漠然と信じていた。
あの日。
魔王軍が人類へと侵攻してくる日までは。
「……えっ?」
運の悪いことに私が課外学習として、赴いていた他国はちょうど魔王軍が侵攻を始めた最初の国だった。
蹂躙された。
私が生き残ったのはただ運が良かった。
一緒に来ていた同級生たちの死体の間に挟まって息を潜めていた私は運よく、まだ生きていることに気づかれなかった。
「……ぁあ」
この日が私の人生を変えた日だった。
人類はこの日から、魔王軍との戦いの中に身を投じることになった───そして、生き残った私には当然、その死に報いる責務が生まれた。
■■■■■
私は生まれながらに魔法が得意だった。
魔王軍という脅威を前に、国へと帰った私はその魔法の研究を始めた。より強い力を手に入れる為。
そして、私はルックス王国全体で魔王軍と戦う態勢を作ろうとした。
「何を言っているんだ」
その途中。
魔王軍を相手に戦おうと声高らかに張り上げた私に対し、父上はそっけない対応を見せた。
「……お前が軍事に口を挟むんじゃない」
「でもっ、魔王軍の脅威は」
「女が口を挟むな、と言っているのだ。余計なことはしないでくれ……最近、お前が軍の方に顔を出していると苦情が入っているのだ」
「でもっ!」
「はぁー、何で……こうなったんだが」
私を見つめる父上の目には失望があった。
少しずつ、歯車が狂い始めていた。
「何だ、この理論は?破綻している」
周りの私を見る目が変わり始めるの肌に感じていた。
研究を一人で進めていくうちに、何時しか私は進み過ぎていたらしい。私が見つけた新しい魔法の理論はすべて、学園にいた教授から受け入れられなかった。
「いえ、これは一見すると、破綻しているかもしれませんが、実際に発動させるとこのようにっ」
「ズルをするんじゃない!」
父上から煙たがられ始めた時より、私の貴族の娘と言う価値が揺らいだのだろう。周りが冷たくなった。
勝手に、私がダメな子であるという烙印が押され始めた。
このルックス王国の中で私が一人だった。魔王軍の脅威を伝える私が異端で、落ちこぼれの烙印を押されていった。
「……何で?」
誰にも理解されない。
理解してくれない。
魔王軍は今日もひとつ、国を滅ぼした。
ルックス王国は未だ悠長に政治に明け暮れている。
滅びた国が持っていた需要を手にしようと、商売を始める。あまりに悠長だった。
「……私しか」
私が気づいたのは、私の周りから誰も居なくなった時だった。
一人で戦おう。
一人で倒そう。
愚か者をしょい込んで戦うのはあまりに無価値だ。
私は一人、ラボに籠って魔法の研究を進める。己一人で魔王軍を滅ぼせるような魔法を研究するのだ。
あの日、魔王軍に殺された。私だけが生き残ってしまったその意味を作ろう。
……息が詰まる。
一人ですべてを滅ぼすなんて、夢物語だ。
「……美しい魔法だ」
何時の日か、私のラボに一人の少年がいた。
「……誰?」
「ここ、……ここだ。ここが理解出来ない。何で、……リュグナーの法則を無視して魔法が成り立っているの?」
「……それは三つ前のコードを見ればいい」
「えっ?」
「その魔力増幅回路で解決している」
答えたのは気まぐれだった。
理解できずに頭を抱えた少年を追い払おうとした。
「あぁ、……なるほど。魔力量か。リュグナーの法則はあくまで魔力量が一定値を超えないところにまで適用されない……いや、でもそうなのかな?……でも、この魔法を見れば……そうとしか。言われてみると、確かにリュグナーの法則には隙が……」
「……わかるの?」
「何となく?……あんまり自信はないかも。わかったというにはお姉さんの魔法が美しすぎる」
「……私の、魔法が?」
美しい。
少年はそう評した。
誰からも否定された私の魔法を。
「ねぇ、お姉さん。これだけの大魔法使いであると見込んで、お願いがあるんだ」
「……何かしら?」
「一緒に魔王を倒しに行かない?」
私を見つめる虹色の瞳に確かな熱があった。
「……あぁ」
親は私を愛してくれていた。
友にも恵まれた───でも、それはただ、愛していただけだ。私を知り、その上で愛したわけじゃない。
ただ、娘だからと言う理由で愛していた。
友達も、人類社会を生きる上で必要だから一緒になっていただけ。
「……貴方、名前は?」
「……名前?……名前か。レイ。それが僕の名前だよ」
「……レイ」
この子だけが、私を理解してくれた。
一人は辛かった。
一緒に戦おう。
その言葉は、私が一番欲していた言葉だった。
レイは私を理解して、求めてくれた───それを真実の愛と言わずして何と言うのだろうか?
レイのそれが愛ではなかったと、後で知った。
だが、その時にはもう私は彼を愛してしまっていた。
───私が必ず、貴方に愛を教えてあげるから。
何かが変わった。
何度か言葉を交わした後、また黙り込んでしまったマリアの膝の上に座っていた僕はこの場の雰囲気が変わったのを見て首をかしげる。
「……マリア?」
直感的に僕はマリアの膝の上から飛びのき、彼女から距離をとる。
「レイ。私は貴方に愛を知ってほしいの」
「……何の話?」
首をかしげる僕の前で、静かにマリアは戦闘態勢へと変わっていた。
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