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悪意と

 後ろを振り返れば、そこに立っていたのは今の僕ではなく、前世の僕だった。


「わかりやすい形だね」


 精神に干渉する魔法の目的は大体、当人の心を折る為のものだ。

 嫌な記憶を見せ、心を折る言葉を囁かせる実によくある手法だった。


「何を、飄々としている?」


「ん?」


「自分が、まだまともな人間だと思っているのか?お前は忌み子だ。死ぬべき、誰にも愛されないそんなお前がまだのうのうと生きている」


「僕にだって目的が出来たんだ。そう死ぬつもりはないよ?」


「リーシアを自慢するなどというはた迷惑な目的か?」


「そうだね」


「そんなことをして何のためになる?」


「でも、僕は人の為になることをしているよ?魔王を倒す。その結果、多くの人が助かる」


「世迷言だ!お前も!俺も!悪意しか知らない!人の悪意で育った!そんなお前が人の為、だと?……そんなこと、考えたこともないだろう!」


「うん、そうだね」


「お前は悪意しか知らない!お前は他者に己の悪意しか向けられない……それ以外、向けられるものがないのだ。お前にはっ!」


「……そうかもしれないね。あぁ、確かにそう。僕は一般的に言われているような……ヒトの愛し方とか、わからない。どうすればいいのか、……よくわからないんだ」


「あぁ、そうだ……悪意を、お前は他に悪意しか向けられない忌み子なんだよ」


「でも、人に悪意を向けることはよくないでしょ?」


「だが、それ以外にお前は何もわからない!」


「別に、他人に自慢することは必ずしも悪意ってわけじゃないでしょ?」


 自慢。

 それは弟からされていた。あれなら、僕にも出来た。やり方を知っている。


「僕が、知っているのは。あれなんだよ」


 普通、己に闇を囁いてくる声と対話なんて出来ない。

 だが、僕は自分にかけられた魔法へと干渉することでそれを可能にしていた。その僕は更に魔法へと介入し、自分の過去の時を進める。


 リーシアと出会った日。それから、しばらく一緒に過ごして。


 あの頃の僕はまだ、何も知らず牢に閉じ込められているだけの人間だった。リーシアもまだ何者でもないただの村娘だった。

 昔の僕たちには特別な何かを作れる立場になかった。ただの、日常の一幕。

 でも、それが僕の心に最も強く残った。


『リーシア!そこには近づいちゃ駄目って言ったでしょ!』


 あの日は、何時ものように僕へと会いに来たリーシアを、その母親が追いかけてきた日だった。


『その子は……忌み子と呼ばれている子で、関わっちゃいけないの。仲良くしていたら、村に居場所がっ』


『嫌!レイは私の友達なの!』


『……リーシア』


『私からレイを奪わないで!レイは凄いのよ!』

 

 牢の中にいる僕のことを掴み、リーシアは泣きながら叫んでいた。

 その横顔から、僕は目を離せなかった。記憶から色褪せることはなかった。


「……懐かしい」


「何を!ただそれだけの記憶で、お前が何を変われるというのだ!」


「昔を懐かしんでいてばかりじゃいられない……時間的にもちょうどいい。終わりにしよう」


 僕はこの場を掴み、そのまま引っ張る。

 音を立てて、僕の過去の記憶の風景が崩れ去っていく。


「お前は……!」


「さっ、ちゃんと当たっていると良いけど」


 僕は敵の魔法を打ち破り、現実世界へと帰っていった。


 

 ……。


 …………。


 レイは悪意しか知らない。

 善意を知らない。愛を知らない───初めて、自分に愛を向けたのは村に後から引っ越してきたリーシアだった。

 毎日のように来るリーシアの言葉。

 彼女から向けられる悪意のない行動に、言葉に、レイは理解を示せなかった。


 日々の暴力でレイは時に目が見えなくなり、声が聞こえなくなり、時にはその両方を失った。だからこそ、彼は肌感覚で理解する。己に向けられる悪意を肌感覚で見るのだ。

 悪意は見られる。

 だが、善意は見られない。己に善意を、愛を向けてくるリーシアからレイは何も感じ取れなかった。


「レイは凄いのよ!」


 ようやく、結び付いた。

 理解出来ない感情が、己の理解出来る『自慢』という形と繋がってようやく腑に落ちた。


「(……あぁ)」


 唯一知ったる自慢。少しの結びつきから、何かを感じ取れたレイはただこう評した───美しい、と。



 ■■■■■


 

 水晶を割ったことで発動した精神干渉を打ち破った僕はゆっくりと立ち上がる。


「王都の地下か」

 

 魔法で現在地を知った僕は立ち上がり、周りを見渡す。

 ここは、簡素な儀式場のようだった。

 薄暗い石造りの地下空間。その中央には床一面に巨大な魔法陣が刻まれ、淡い魔力の光を放っている。

 魔法陣の周囲には何本かの蝋燭が置かれているだけ。中央にはシンプルな祭壇があり、そこに僕が寝かされていた。


「ん、普通に隣にいた」


 そして、僕の隣には同じように精神干渉の魔法を喰らった状態で地面に転がされているエレノア王女殿下の姿があった。


「よっと」


 エレノア王女殿下の体に触れた僕はそのまま彼女が見せられている記憶の中に紛れていった。

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