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過去

「……ぅ、んっ」


 腹への鈍い衝撃。

 それで僕は目を覚ます。


「いつまで寝ているんだよ、忌み子のお前が」


「……おはよう」


 朝だ。

 何時ものように、僕は彼らの暴力で目を覚ます。

 

「何がおはようだ!忌み子が……誰に挨拶したって、返してくれるような人はいねぇーだろがっ!」


「……っ」


 もう一度、衝撃。

 腹を男の蹴りが打つ。


「今日もいい蹴りっすね!」


「だろぉ~?日々の労働で培った肉体のたまもの、だよっ」


 良く見えない視界の端が、少し赤い。

 ちょっと、口を噛んだかな?血が垂れた。


「にしても、昨日の奴ら。顔殴り過ぎだろ。これじゃあ、前見えてねぇだろ」


「別に良いんじゃないですか?大して変わらないでしょ」


「いやいや、ちゃんと俺らを見て恐怖してもらわないとっ!」


「こいつが恐怖しているところとか見たことがないっすよ?忌み子で感情がないんっすよ」


「ちっ。それがつまんねぇだよ」


「泣かれるよりはいいじゃないっすか。泣き叫ばれてもウザいっすよ」


「それもそう、だなっ!」


 蹴られて。

 殴られて。

 それが僕の日常。いつも繰り返される毎日だった。


「汚らしい忌み子が!さっさと、死んで消えてなくなれよっ!」


「なんで生きているんだろうなぁ?こいつは。どうせ、誰からも愛されないクズなのに!」


「ハハッ!言えてんなぁ!ほんと、誰からも愛されないこいつは何で生きてんだ?」


 言葉。何時ものように嘲笑の言葉が響く。

 ……。

 …………寒い。暗くて寒くて、息が詰まる。

 知らない感情。

 与えられていない情報。

 痛みで思考が何処かに流れていく。悪意。悪意が僕の肌に重く、のしかかる。


 知らない。知らない。僕は何も知らない───その、はずなのに。


 自分の体を縛り付ける悪意が悪いものであると、僕は知っていた。



 ■■■■■



 いつの間にか意識を失っていた。


「……広い」


 今日は、顔を殴られなかったのか。

 いつの間にか腫れが引いていた瞼が開き、部屋の様子が見える。ここに来る人たちは狭いと評する部屋だが、見渡せば広く感じる。

 いつも狭い視界の中で物を見ているからだ。

 

「今日は、少ない」

 

 顔を殴られてもいないし、流れている血も少ない。

 この部屋の至るところにある赤黒い染み。僕の血の跡はどれも古いものばかり。まだ新しい今日の染みは何時もより少ないように見えた。


 ガサガサと、草のかき分けられる音が響く。


 僕がいる小さな部屋───牢屋は村から少し離れた草原にポツリと置かれている。

 そこに人が来るのは朝に僕をいたぶる為やって来る人と、夕方に食事を持ってくる僕の家族だけだった。


「……何で、毎日毎日私がここに来なきゃいけないのよっ」


「仕方ない……これが、俺たちの罪なんだよ」


「私が、……私が、何をしたって言うのよっ」


 血色の悪い二人の男女と、それに連れて来られるような形で小さな男の子も近づいてくる。

 僕の父親と母親。それに弟だった。

 

「……何で、忌み子なんて産まれるのよ。私は何もしていないのに、悪くないのに何で忌み子なんかが私の腹から生まれてくるのよおかしいじゃないこんなのおかしいわおかしいのよ」


 ぶつぶつと、世迷言を繰り返す母親が僕にふらふらと近づいてくる。


「早く死になさいよッ!あんたなんかが生まれてくるからァっ!」


 僕はきっと、生まれてきてはいけなかったのだ。

 馬乗りになり、僕の首を締め始める母親を呆然と見つめながらそんなことを思う。


「俺たちの手で直接殺すのは駄目だっ!?」


「ごほっ、ごほっ」


 意識が暗転するその直前、首を締めていた母親を父親が止める。


「何で……何でよぉ、私がなんでぇ」


「ほら、飯だ。食え」


 父親が牢屋の鉄格子の隙間から袋を中に入れ、それの中身をぶちまける。入っているのは残飯だった。これが僕の一日の食事。生きる源で、食べなきゃいけないものだった。

 それを僕は手を使わず、頭を下げて食べ進める。


「ほら、見ろ!」


 そんな僕の前で弟が何か誇るような声を上げ、ずっと手を後ろにして隠し持っていたお皿を前に持ってくる。それに乗っかっているのはまだ湯気が立ち上るお肉の丸焼きだった。

 ずっと、香ばしい匂いがここに立ち込めていた。


「どうだ!お肉だ!」


「……美味しそう」


「だろー!忌み子のお前は絶対に食べられないものだ!羨ましいだろぉ!」


「そうだね」


 弟の言葉を僕は肯定する。

 悪意のこもった自慢。それを肯定するのが正解だと学んだ。

 

 

 これが僕の日常。

 両親と、弟がいなくなった後、僕は静かに一人丸まって暖を取って眠る。夜の寒さは耐えられないほどに冷たく、いつも死んだと思いながら意識を手放していた。


『……懐かしいな』


 ここから、リーシアたちの家族がこの村に引っ越してきて、僕の生活が変わったんだ。

 魔法の影響だろう。僕は今、上から過去の自分を眺めていた。

 記憶の追体験。過去を思い出させる魔法は多い。見せるのは大抵本人にとって嫌な記憶───そうして、ここから出てくるのも大抵決まっている。


「何を、懐かしんでいるんだ?……この、忌まわしい記憶を」


 過去を懐かしんでいた僕の背後から、自分とまったく同じ声が投げかけられてきた。

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