脱出
吸魔の枷。
「えっ……嘘?」
それが音もなく落ちて行ったのを前に、ラルムは目を見開く。
「……この、力は。いや……そんな、都合のいい話がっ」
そのラルムは体を震わせ、言葉を漏らす。
もしかすると、僕の固有スキルを見せれば、案外自分の正体を察してくれるのではないだろうか?最も、僕の固有スキルで明確に自分しか出来ないのは『空間断絶』くらい。
転移だとか、異空間収納だとか、僕のスキルだからこそ出来ることはあるが、僕のスキルじゃないと絶対に出来ないわけじゃないしね。
「(人の言葉を話せるようになるのが先かな)」
こう……今のリーシアとラルムだと、言葉も話せない状態で僕だと察せられても……何というか、変に暴走しそう。致命的な結果になりそうなので、どんな誤解も口で解けるような状態になってからの方がいいだろう。
「……レイ」
「(ふんっ)」
僕は呆然としているラルムの体へと体当たりする。
この、地下牢はずいぶんと広い。ラルムのような人だけではなく、魔族も投獄されている。それに対し、見張りは三人。常に歩き回っての監視だ。
僕が枷を壊したのはちょうど、見張りがいなくなった後。その見張りもまたそろそろ、こちらに戻ってきてしまう。
さっさと動いてもらいたい。
「……そんな、ことをしている場合ではないか」
僕の体当たりでようやく我に返ってくれたラルムが体を起こし、その体内の魔力を練り上げる。
「私がまず、一人を切り裂く。もしも、イムが一人を倒せるならお願い出来るか?その間に私がもう一人を切り裂く」
「(ふふっ、別に……僕が二人とも、殺してしまってもいいだろう?)」
決して、ラルムには届かない返答を僕が返した瞬間、それを待っていたかのように彼女が一気に走り出す。
「な、何だ!?」
一蹴りで目の前の鉄格子を蹴り飛ばし、ラルムはすぐ目の前にまで来ていた見張りを一振りで斬り捨てる。
「なにやっ!?」
「(ほいっ)」
いきなりの強襲に大声を別の見張りがあげようとした頃にはもう密かに動いていた僕が背後に忍び寄っていた。
後ろから魔力でズドン。頭が物理的に消し飛び、体がゆっくりと前へと倒れる。
「(あぁ、駄目だな。普通に遅い)」
次を狙おうと僕は駆けだそうとするのだが、あまりにこの体は遅かった。
僕が次へと足を踏み出した頃にはもうラルムがもう一人も斬り落としていた。
「これで全部ね……本当に、倒してくれたのね」
一人の見張りをしっかり殺してみせた僕にラルムが少し、驚きながらも近づいて抱きあげ、こちらの体を撫でる。
「……これから、ここを脱出するわ。元の敵地潜入の任務は失敗よ。私を釣り出し、本陣を狙うのが敵の狙い」
もう既にこの拠点にスロースの気配はない。
あいつは前線に向かって走っているのだろう。
「間に……合わないかもしれない。けど、私は戻らなきゃいけないわ」
「(それに関しては問題ない)」
今からではラルムが間に合わないかもしれないが、リーシアは間に合う。
元より自由に動くのを許してくれるリーシアの下で結構、こちらにまで近づいてきていたのだ。リーシアと一緒に戦場へと立てれば、敗北するような事態は作らせない。
「行くわ」
ラルムは僕から手を離し、この場を離れる為に駆けだす。
「(……はんやっ)」
それに置いていかれないよう僕も彼女に続いて走り出そうとした。
その、直前。
「……そこの、スライムや」
僕は隣の牢から制止の声が飛ぶ。
「(えっ……?)」
この場にいる存在から声をかけられた僕は思わず足を止め、そちらの方に視線を向ける。
その牢の中に入っていたのは一体の魔物。両手足を地面につけ、体は分厚い黒いうろこに覆われる。大きな口が特徴的な鰐の魔物がそこにいた。
「魔法を使えるスライム……それも、言葉を理解しているな。野良のスライムの訳ないだろう」
話せるほどに高位の魔物。
「(……野良?)」
その魔物が語る単語に僕は首をかしげる。
「何処の手のものだ?北の魔王軍と事を構えているのだ。あやつの下ではないだろう?となれば、東か?それとも西の魔王か?とはいえ、概ね他の魔王どもは北のに食われた。残っているのは残党ばかりだ。その残党が人の世に潜入するような器用な真似は出来まい。なれば、もっと奥のところか?」
「(ま、待て待て……待て待て待て、一体僕は何の話をされているんだ?)」
「いや、……これ以上は野暮か。ずっと話していては邪魔になる。かっかっか、いつの日か、お前が北の魔王をぎゃふんと言わせるのこの薄暗い独房か、空の上で待っているぞ」
「(……本当に、何の話?)」
僕は呆然と、目の前の鰐の魔物の言葉を聞く。
それですっかり足を止めてしまっていた。
「早く行くわよ!」
その僕を一度は出て行った後に戻ってきたラルムが拾い上げ、抱きかかえた状態のまま走り出す。
「(あっ、ちょっと!)」
僕が話せないのだから当然と言えば当然なのだが、 意味深なことを話していた鰐の魔物には何も聞けず、僕はただこの場を離れることになった。
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