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瞳

 固有スキルは目に宿る。

 そして、固有スキルは遺伝する。

 クネパス王国の頂に立つ王族の片目には固有スキルの存在を示す黄金が宿る。


 ───だけど、私にはそれがなかった。

 

 それが私という人間の価値のすべてだった。


「ハッ、ハッ、ハッ」


 嫌に広い王城の中庭。

 その一角には広い訓練場も併設されていた。

 そこでまだ十二歳。勇者パーティーの一人として、旅立つ前のラルムが一心不乱に剣を振っていた。

 短い息と共に振り下ろされるその剣筋には一切の無駄がない。素人目から見ても分かる美しい剣が空を切り裂き、風の声をあげさせる。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 三時間以上も続けていた素振りを終えた頃にはもうラルムの息は上がり、心臓はうるさいほどに早く鼓動を打っていた。

 その中でも、ラルムの耳には足音が響いてくる。


「……また、剣を振るっているのか」


「お、お父様っ」


 声をかけられた方に視線を向ければ、そこにいるのは壮年の男性であった。綺麗に整えられた髭に端正な顔立ち。自然と人目を奪う雰囲気を持ったその男の中で、ひときわ目を引くのがそのオッドアイであろう。

 蒼い左目と、黄金の右目。

 実に美しいオッドアイがそこにあった。

 そして、オッドアイを持つのは声をかけた男だけではない。

 

 ラルムの前に立つのは五人ほど。

 彼らは皆、彼女と同じクネパス王国の王族たちだった。ただし、蒼い瞳しか持たないラルムとは違い、全員が黄金の瞳を持っていた。


「そう呼ぶのを許可した覚えはない」


「……っ」


 クネパス王国国王、デリック・リューロスト。

 間違いないラルムの父であるはずの男は、決して娘に向けて良いはずのない冷たい視線を送っていた。


「父上ぇ~、幾らなんでも父とさえ呼ばせないのは酷いじゃなぁ~い?ちゃんと血のつながった子供なんでしょぉ~?」


 目の前にいる五人は、自分の家族。家族のはずだ。

 だが、ラルムはその人たちを前にただ萎縮し、肩を小さくさせる。


「まっ!それでも固有スキルを注げなかった落ちこぼれの身で家を追い出されていないだけマシかぁ」


「……私とて、そこまで鬼ではない。子を産んだのだ。生かすのは産みし者の定めであろう」

 

 自分の後ろにいる子が四人。

 誰もがラルムへの蔑みの視線を隠さない中で、デリックはそれに対して何も言わず、ただその手を横に動かす。


「あっ!?」

 

 魔法ではない。

 発動したのは固有スキル。ラルムの手にあった剣が突然横から引っ張られ、そのまま彼女の手から離れていく。


「剣は貴重だ。魔王軍の台頭より一年。ようやく、人類の足並みが揃い、戦いを始められそうなのだ。その折に、無駄としていられる剣は一本もない」


「……っ」


 父であるはずの男の冷たい言葉にラルムは下唇を噛む。


「私も人の親だ。お前の生に保証は与えてやる。最低限の嫁ぎ先は用意する。邪魔せず、ただ生きよ」


「……はい」


 これから、固有スキルを持つ『本当』の王族が訓練の為にここを使う。

 言外に消えろと言われたラルムは小さく頷いて、その場を離れる。


 価値を、示そうとした。

 

 生まれた時から期待されていなかった。

 産声を上げた瞬間より父から見放され、母に暴言を浴びたラルムは成長し、物心を得ていく中でも味方は誰もいなかった。

 義務的に、仕事として面倒を見る使用人。愛情を向けない実の父。自分の立場を悪くしたとラルムを罵り、会うことさえ普段は許されていない実の母。

 それでも、ラルムは認めてもらおうと、愛されようと、努力した。知識を得ようと勉学に励んだ。力を得ようと剣を振った。

 

 ラルムが、誰かに興味を持ってもらえることはなかった。


「……これで、良いか」


 一人、邪魔だと言われたラルムはそのまま王城を離れ、城下町にまで出てきていた。

 人気のない城下町で、剣と思える大きな枝を見つけたラルムはそれを拾い上げ、いつものように振るい始める。


「ハッ、ハッ、ハッ」


 ここに来るまでの間で、既に息は整っていた。

 この日も一人で剣を振り続け、一人で家に帰り、一人ご飯を食べてからお風呂に入り、一人で眠るはずだった。


「……綺麗だ」


 だが、今日この日、ラルムは話しかけられた。

 最初は自分に話しかけられたとさえ思えなかった。


「本当に、息をのむような美しい素振り」


 素振り。

 その単語を聞き、ようやくラルムは自分が話しかけられているのだと気づいて顔を上げる。


「……誰?」


 声が聞こえた方に、ラルムは視線を送る。

 そこにいたのは一人の華奢な少年だった。白髪のその少年は壁の上に腰掛け、微笑みと共にラルムを少し、見下ろしていた───私はあの日、最も美しい瞳を見た。


「あぁ、御免。いきなり話しかけちゃって。僕の名前はレイ」


 白い左目と、虹を宿した右目。


「あまりにも美しい剣で、つい声をかけちゃった」


 ラルムは初めて、己を見据える瞳と出会った。


 

 ■■■■■


 

 痛み。

 それを覚えたラルムはゆっくりと意識を覚醒させる。

 辺りを見渡せば、武骨な石の壁と鉄格子を見ることが出来た。

 それだけ見て、ラルムは己が眠る前に何が起きたのかを思い出した。


「……そう、私は負けたのね」


 また一人、ラルムは冷たい石畳の上で目を覚ました。

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