不安
元の部屋へと戻ってきたラルムは早速、敵地潜入の為の準備を始めていた。
スライムである僕はそれを横から眺めることしかできないわけだが……。
「(あ、あわわ……足りない、足りないよっ。ラルムぅ!)」
彼女のあまりに杜撰な準備にもうひやひやしていた。
ラルムは小さなポーチに水筒ひとつと小さなサバイバルナイフだけを入れ、後は剣を背負うだけ。
「よしっ」
「(よしじゃないよ!?)」
普段との違いなんて服装を全身鎧から動きやすそうな軽装に変えただけじゃないかっ。
ちなみに僕は紳士なので当然、ラルムの着替えは見ていないよ?物陰にしっかり隠れていた。
「……ふぅ」
恐ろしいことに準備を終えてしまったらしいラルムは立ち上がり、そのままこの部屋に置かれている机の引き出しを開ける。
そして、その机の中に手を伸ばす。
「(あれ?)」
でも、何か取り出すということはなかった。
ただ手を入れた状態のまま、ラルムは止まってしまう。
「これで三度目……か。私も少しは……」
「(えっ?三度目?……その、装備で三度目?嘘でしょ?そんなド軽装で敵地潜入を二回もやっているの?正気?)」
何でこんな雑な準備のラルムが平気だったのか。
本気で疑問に思っていると、ラルムは結局何かを取り出すこともなくその引き出しを閉める。
何だったんだろう?いつもの定位置であるラルムの頭の上からタオルが敷かれた棚の上に鎮座させられていた僕からは、机の引き出しの中身を見られなかった。
「行くわよ」
ラルムは再び外へと出る。
「お待ちしておりました」
すると、そこで待っていたのはあの会議で敵地潜入の策を唱えた金髪の男が立っていた。
「カールか。待たせたな」
金髪の彼、カールって言うんだ。
「いえいえ、迅速な準備ありがとうございます。敵の拠点までの案内は不肖ながら、この私が担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「お前が行くのか?」
「えぇ、……ラルム様のお言葉もわかります。指揮官の立場にある二人での移動はリスクが高いと」
「既に我が国の人材不足は顕著になってきているわ。その中で、貴方は貴重な隊長よ。失うわけにいかないわ」
「そう言ってくださり、光栄にございます。ですが、私の価値など到底ラルム様に及びませんとも。ラルム様が亡くなられるのだとしたら、我が国は終わりです。お供するのが少し早いか、遅いかの違いにすぎません」
「そんなことはない。人は思いを背負ってまた歩きだせるのだ……そうでなければ、ならない」
「もしも、道中での襲撃があった場合は私が必ずラルム様を逃がします。どうか、何があった時は私の意思を背負ってまた進んでください」
「その時が来ればもちろん……だが、それはそれとして、お前が来る必要もないだろう」
「いえ、理由もしかとあります。純粋な人手不足です。斥候の数もこの長い戦いでもう少なくなってまいりました。その状態で、今、その斥候たちに敵の拠点の監視まで任せています。敵の拠点までの正確な道を暗器し、護衛までこなせるとなれば私くらいになってくるのです」
「それならば、仕方ないか」
カールの説明にラルムも頷く。
「それでは早速ではありますが、もう出発いたしましょう。敵の拠点はこちらが思っていたよりも遠い位置にあります。今、出発してちょうど夜に到着するでしょう」
「えぇ、わかったわ。じゃあ、行きましょう」
「その、スライムも連れて行くのですか?」
出発しようというラルムに対し、カールの視線は僕の方へと向けられる。
「えぇ、連れて行くわ。幸運の置物として、良いとは思わない?スライムなら何処にでもいるわ。別に反応があっても何か感づかれることはないわ」
「……それもそうですね。では、参りましょう」
「えぇ」
魔族の探知へと引っ掛からないようにするため、ラルムとカールは探知阻害の魔法を発動させて野営地の裏から出発する。一応、僕もしておこうかな。
……遠巻きにいる護衛は五人か。
うん、これなら多分敵の拠点に着くまでは上手く行きそうだな。
■■■■■
出発から三時間程度移動し、僕たちは今、森の中を進んでいた。
背の高い木が立ち並んで太陽の光を隠すこの森の中は、既に陽の光が沈みかけというのもあって一足早い夜のように感じさせた。
「……ここら辺、でいいですか」
その移動の途中、いきなりカールが足を止める。
「カール?どうしたの?……まだ、敵の拠点らしきものは見えないが」
「いえ、ここで終わりでいいのです」
「……?」
カールの言葉にラルムが首をかしげていた中、突然再び彼が一人だけ走り出す。
「何だ、また出発するのか?」
無言で走り出したカールに困惑しながらも再び歩き出そうとしたその瞬間。
「(……ッ!?)」
───敵意っ。僕は咄嗟に魔法を発動させ、逃げるカールの背中を狙う。
「スライムか?」
だが、それは遥か上───背の高い木から降ってきた人影に押しつぶされる。
「ま、魔族だと!?」
その人影。その人物の頭には二本の角が伸びていた。
鬼族。つまりは、間違いない魔族だ。
「……これは、どういうつもりなの?カール」
「(嵌められた)」
最初から、潜んでいたな。これは。
いつの間にか僕たちを囲うように複数の魔族の影があった。
「どう、と聞かれましても……見ての通りです」
走って逃げていたカールはある程度離れてから立ち止まり、得意げに両手を広げる。
その彼の隣には魔族の姿があった。
「敗北必須の人類という船から降りた。ただ、それだけですよ」
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