病み姫騎士
「はぁ……はぁ……はぁ…」
しばらくの間、ラルムは桶に向かって嘔吐し続けていた。
「……君の、名前は何にしようか」
吐くものが何もなくなった後でも、しばらくただ胃液を吐きだし続けていたラルムがゆらりと立ち上がり、ふらふらの足通りで僕の元へと帰って来て再び抱きしめてくる。
「イム。そう呼ぼうか」
衝撃だった。
ラルムが僕の名前を呼び、吐いていた───何故?僕の頭の中に浮かんでいるのはそれだけだった。
「私は、ちゃんと今日も役目を果たせていただろうか?」
1つ目の疑問。
そこから留めなくラルムの口が動き続ける。
「私は今日も駄目だった。スロースを倒すことも出来ず、危うく前線の崩壊を許すところだった。私が、足りないからだ。私には、何が足りなかったと思う?レイと比べて、何が足りなかった?すべてだ。私が剣を振る以外の脳がないから。それだけの女だった。そうでしょう?……きっと、君だってそう思っているよね?イム。私が悪いの」
「(ら、ラルム?)」
僕は今、何を聞かれている?
「私が、弱いのがいけないのだ。私は……ずっと、何も出来ない。レイを、殺したのも私だ」
「(そ、そんなことはないよ!?ある訳がない!)」
あんまりなラルムの言葉に僕は絶叫する。
「私こそが、貴族なのだ。王族なのだ。勇者パーティーの風当たりが強いことは、父上から聞いていた。その上で……私は力でねじ伏せればいいなんて甘いことを考えて。何もしなかった。だから、そんな愚かな私の代わりをレイがやってくれた」
返答はない。
「だから、だから、私が代わりにならなきゃ……レイの代わりに人類を」
彼女の言葉が続く。
「(……ッ)」
これは、独り言だ。
人形に語り掛けているだけの、ただの独り言。僕はスライムで、レイは返答を求めているわけじゃないのだ。
「……祖国、さえ守れそうにない……レイ。私はどうすればいい?」
「(何時、から?)」
リーシアは幼い時から一緒に育ち、共に村から勇者パーティーとして二人で旅を始めた。
だからこそ、彼女が僕の死に悲しみ、それまでと変わってしまったことも理解出来る。
だけど、ラルムに関しては本当に理解出来なかった。
彼女は僕が出会うよりも前から姫騎士として活躍していた。僕が、亡くなったという理由でここまで彼女が精神に異常をきたす理由がまるでわからなかった───。
「(何を、知っている?)」
───きっと、この思考さえも違うのかもしれない。
そもそも、僕は知らなかったのだ。
ラルムの表面だけを知った気になっていて、彼女の奥を知らなかった……あぁ、だって、そうだろう?僕がラルムについて知っているのは見ればわかる情報だけだった。
王族であること。騎士であること。可愛いものが好きであること。表面的なことばかり。
そもそもとして、僕とラルムが出会った時、既に彼女は成人していた。
僕の知らない時間の方が遥かに長いのだ。
ラルムと過ごした時間なんて彼女の人生のほんの一部。僕に、疑問を持つ権利なんてきっとないんだ。
「(……ねぇ、リーシア)」
僕は心のうちで天を見上げる。
「(僕たちのパーティー、思ったよりも薄氷の上にいたのかもね?)」
昔から、僕は人の敵意に敏感だった。
肌感覚で、敵を分けることが出来た。だからこそ、僕は的確に敵と味方を判別し、敵を処理するための道順を整えるのが得意だった。
でも……それでも、僕は果たして自分が味方を置いた人に対して、そのままでいてくれるよう僕は努力出来ていただろうか?
「(して、ないや)」
村で、僕はリーシアと二人だった。
僕は敵でない人を、あまり意識していなかったのかもしれない。
「(話せるようになってからも、大変そうだ)」
人だった頃の僕の残したツケが大量に残っていた。
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