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野営地

 幹部まで出張ってきた魔王軍の襲撃。

 それを終えた後、クネパス王国の騎士団は次の戦いに向けての準備を始めていた。

 防壁の修繕。負傷者の手当。そして、犠牲者の埋葬。

 多くの騎士団が次、何時争いが起きてもいいよう走り回っている中で、ラルムは一人堂々とその野営地を歩いていた。


「……ラルム様?」


「……何、あのスライム」


 その野営地に、人々の囁き声が響く。視線はラルムに、その頭の上へと向けられている。


「(まぁ、目立つよね)」


 この野営地で一番目立っているのは当たり前みたいな顔をしてラルムの頭の上にいるスライムこと僕だった。

 何でこんなところにスライムがいて、ラルム姫の頭に?そんな、感情が周りの表情から見て取れた。


「……ふむ」


 その困惑に当然、ラルムも気づいていた。

 彼女は足を止め、ひとつ唸る。……何か、しようとしているの?えー、辞めておきな?ラルムは基本的に戦うことしかできない脳筋なんだから。

 ラルムがスライムのいる理由をうまく説明できるとは思えないんだけど。


「こうだな」


 失礼な、ことを考えているのがバレてしまったのだろうか?

 頭の上にいた僕へとラルムは手を伸ばし、ガッチリと掴んでそのまま上に掲げる。


「むにー」


 そして、そのまま優しく僕の体を引き延ばす。


「(えっ?何?)」


「うむ」


「「「(……何が?)」」」


 満足そうに頷き、再び僕を己の頭の上に戻したラルム姫を見て、僕含めてこの場にいる全員の心が一致しただろう。


「各自、仕事に集中するように」


「は、はいっ!?」


 皆が手を止めてしまった中で、ラルムは仕事に集中するように言ってから再び歩き出す。

 ……。

 …………あっ、もしかしてあれか?一度、自分に注目を集めてから仕事に集中するよう言うことでよく聞かせようとしたのかな?

 それなら、うまいかもしれない。


「……ただいま」


 そんなことを考えている間にも、この野営地でラルムに与えられているであろう周りよりひときわ立派な建物に彼女は入る。


「……すまないな。こんな、簡素的な置き場所しかなくて」


 最前線の野営地にあるとは思えないくらい広い部屋の棚の上にタオルを敷き、そこに僕を乗せる。

 別に僕は置物じゃないし、そんな飾るように置かなくていいよ?全然、僕も自由に動くからね?場所のキレイさよりも、そもそもの置物扱いの方が不服だね。


「……ふぅ」


 部屋で一人、息を吐いたラルムは鎧を脱ぎ、黒の鎧下姿になる。

 そして、彼女はベッドの下から物々しい宝箱を取り出して鍵を開け、中を空ける。


「……」


 その中から取り出すのは可愛らしい人形たちだった。

 あれは僕にも隠しているつもりである本人秘蔵のぬいぐるみたちだ。それをラルムは一つずつ自分のベッドの上に乗せていく。

 彼女はベッドの上に自分の城を完成させる。


「少し……少し、補給させてくれ」


 そのラルムはしばらくそのベッドを眺めた後、一度は棚に置いた僕を手に取る。


「(……補給?)」


「……ふぅ」


 ぎゅっと、僕をラルムは少し強いと感じるような力で抱きしめる。

 

「(苦しい……あと、ちょっと……っ)」


 この、格好はちょっと……あまりにも駄目だった。

 ラルムの少しばかり酸っぱいような、強い匂い。自分の体に押し付けられる彼女の豊満な胸。温かな体温。

 女所帯の中であまりそういうことは意識しないようにしている僕でも、意識せざるを得ないくらいには刺激が強かった。冷たいスライムの体が熱くなってしまいそう。

 自分の名を隠し、こうしてスライムとしてここにいることへの罪悪感も強くなってくる。


 その、落ち着かない思いから逃げるように僕は周りを見る。

 今更ながら、このスライムボディはかなり便利だった。

 五感……いや、味覚はまだ確認していないけど、諸々の感覚は人間の頃とそう変わらない。視界に至っては当たり前のように360度すべてが見えていた。


「(……何だろう、あの桶?)」


 ラルムに抱きつからながらでも、部屋の様子を見られる僕はふと、必要なものだけを揃えましたと言わんばかりの実用的な部屋の中で少し、浮いたようにも見える大きな桶に目を奪われる。

 桶なんて、部屋にいるかな?

 トイレは普通にあるだろうし……何の用途の桶?


「あぁ……少し、大丈夫だ」


 そっと、僕の体をラルムは離し、彼女は立ち上がる。


「(……ラルム?)」


 立ち上がったラルムの表情は少し、青白かった。


「(体調悪いなら……無理をしない方が)」


 そのまま歩き出したラルムは僕が疑問に持っていた桶の前に立ち、そして。


「おぇっ……」


「(……えっ?)」


 桶に向かってその胃の中の物を吐きだした。

 彼女の、その体は熱を感じなかった───己の、前で吐き始めたラルムに僕は動揺する。彼女が、吐いているところなんて見たことがない。


「……レイぃ」


 そして、さらに続いたその言葉に僕は完全に硬直するのだった。

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