第57話「堅牢の殲滅士がケーキが入った袋を振り回した話」
最寄り駅に着いたアナウンスをきっかけに私は大きく息を吐く。シェリーさんの肩から顔を上げ、目をこすった。
「すみません。ここで降ります。家まで二十分くらい歩きますがお願いします」
私はケーキとチョコレートが入った紙袋に手を伸ばす。
「私が持つデス」
シェリーさんが先に紙袋を握った。
「いや、悪いですよ。さっきも肩を借りちゃいましたし」
私はPCや配信機材が入ったカバンのベルトを握り、苦笑いを浮かべた。
「今日は宮國さんはちょっと様子がおかしいデス。だからおうちまでは私が持つデス」
シェリーさんが座席から立ち上がり、スタスタと電車を降りた。
ホームで私の方を振り返ると、上目遣いで私を見上げた。
「ありがとうございます……こっちです」
私は自分のカバンを持ち電車を降りるとホームを歩きだした。
シェリーさんは後ろをちょこちょことついてきた。
「甘い匂いがするデスね」
紙袋の中に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いでいた。
「ええ、ケーキを買ったので。あとおいしそうなチョコレートも」
私は田んぼの広がる農道を歩きながら、シェリーさんの方に目を向けた。
「チョコレートデスか……最近食べてないデス」
シェリーさんは大事そうに紙袋の持ち手を握り直すと、遠くの青々とした畑に視線を投げた。
「チョコレートは食べたことがあるんですか?」
私は横を歩くシェリーさんに問いかけた。
「昔、お姉ちゃんが食べさせてくれたデス」
シェリーさんはほんのり目を細め、どこか懐かしそうに小さく頷いた。
「そうなんですね。あ……そういえば!」
私はハッとして歩幅を緩めた。
「急に大きな声を出して、どうしたんデス?」
シェリーさんは首をかしげ、不思議そうに私の顔を見上げた。
「シェリーさんのこと知ってるって言ってました! エスルスとセラと、フリードさんが」
思い出したことをそのまま口にすると、私の横を歩いていた足音がふつりと途絶えた。
「え……?」
シェリーさんは立ち止まった。
「今……誰って言ったデス?」
シェリーさんの手からケーキが入った紙袋が滑り落ちそうになる。
「え……あ! やっぱり知り合いなんですか? エスルスたちもシェリーさんのこと知ってたみたいですけど」
私はシェリーさんに向かい手をのばし、紙袋を支えた。
「そんなわけないデス! 三人がこっちの世界にいるわけがないデス!」
シェリーさんは大きく手を振った。ケーキが入った袋は私の手を離れ縦に揺れた。
「いや……いるんですよ。それが」
私は必死にケーキの入った紙袋をつかむ。
「そ……そんな……」
シェリーさんは顔を手で覆う。その場でしゃがみこんでしまった。
「シェリーさん……?」
私は突然しゃがみこんだシェリーさんの肩に手を添える。シェリーさんの体は小刻みに震えていた。
「お父さんを……トオルを殺した私を三人が許すはずがないデス! どんな顔をして会えばいいんデス!」
シェリーさんは肩に添えた私の手を払った。
「シェ……シェリーさん、今、今なんて言ったの……!?」
私は思わず息を呑み、カバンをドサリと地面に落とした。ケーキの紙袋だけは右手で支え死守した。
「……私は恩人を殺してしまったデス……みんなの家族を……殺してしまったデス……」
シェリーさんは顔を覆ったまま、声を枯らし、喉を震わせた。
「いや、それも聞きたいけど……今はそこじゃないの! トオルって宮國徹のことだよね!?」
私はしゃがみこんだシェリーさんの正面に膝をつき、左肩を掴んで覗き込んだ。
「なぜその名前を知ってる……デス? まさか……」
シェリーさんは顔を上げた。目が赤く、涙で顔中が濡れていた。
「……宮國って……まさか……そんな……嘘デス……」
私の顔を見つめ、金色の瞳を震わせ、唇を噛み締めた。
「私は宮國さんの家に行く資格なんかないデス! こんなもの食べていいわけがないんデス!」
シェリーさんは私が支えていた紙袋を強く引き寄せ、大きく手を振りかぶる。
そのまままっすぐ地面に振り下ろした。
地面へ落ちる寸前、紙袋がぴたりと止まった。
ふわりと持ち上がり、半月の光の中へ長い影が伸びる。
私とシェリーさんは影の主を見つめた。
「まったく、食べ物を粗末にするなんていけない子だね。シェリー」
赤紫のディアンドルをまとった魔女が半月の光に銀髪を輝かせながら私たちの方に手を伸ばしていた。




