第58話「食欲の魔女がケーキの無事を確認した話」
エスルスは手を構えたまま、ゆっくり私たちの方に近づいてきた。
「なかなか帰ってこないからね、心配で迎えに来たよ?」
エスルスは小さく微笑むと、影を手元に引き寄せ、ケーキの入った紙袋を開いた。
「ふむ、少し形が崩れているようだが、問題はなさそうだね」
エスルスは紙袋の中に手を伸ばし、箱の中を確認していた。
「やっぱり、お姉ちゃん……デスか……」
シェリーさんは両手を胸の前で合わせ、迷彩柄のワンピースを握りしめた。
「随分長いお出かけだったね。突然トオルと一緒にいなくなるから心配したよ」
エスルスはケーキの箱を閉じると、シェリーさんに向かって目を細めた。
「ごめんなさいデス……」
シェリーさんは下を向いた。ワンピースを握る指は震えていた。
「謝る必要なんかないよ? こんなところで立ち話もなんだ。せっかく買ったんだからボクたちの家でコーヒーでも飲みながらケーキを食べよう」
エスルスは小さなシェリーさんの背中に手を添えた。
「私にそんな資格なんかないデス」
シェリーさんは首を激しく横に振り、添えられた手を払いのけるように一歩後退った。
「ボクは久しぶりに再会した家族と美味しいものを食べたいんだけどな? それだけじゃダメかな?」
エスルスは首を傾げ、困ったような優しい眼差しを向けた。
「家族の資格なんかないって言ってるデス!」
シェリーさんは溢れ出る涙を拭おうともせず、声を絞り出した。
「キミが無事に戻ってきただけでもボクは嬉しいよ。それだけで十分だよ」
エスルスは紙袋を持ち直し、穏やかな声でなだめた。
「私のせいで! 私が弱いせいでトオルは死んじゃったデス!」
シェリーさんはぎゅっと目を閉じ、ワンピースが大きく皺になるほど握りこんだ。
「ふむ……? キミはトオルが死ぬところを見たのかい?」
エスルスは眉を少し上げ、淡々とした調子で問いかけた。
「私を守って爆発に巻き込まれたデス! それから行方が分からなくなったデス……」
シェリーさんは両手で顔を覆い、身体をすくめた。
エスルスはシェリーさんを見つめると、隣にしゃがみこんだ。
「じゃあ、大丈夫だよ。トオルはそんなことじゃ死なないさ」
エスルスは両手を背中に回し、ぎゅっと拳を握りしめた。その拳は震えていた。
「でも……」
シェリーさんはおずおずと顔を上げ、涙に濡れた瞳でエスルスを見つめた。
「大丈夫さ、トオルは死なない。死なないさ。そのうちまた『どうしたどうした? 腹ペコ娘たちよ。うまいもん食って元気出せよ』ってひょっこり現れるさ」
エスルスは半月を見上げる。月明かりを眩しそうに避けるように目を細めた。
「お姉ちゃん……」
シェリーさんはゆっくりとエスルスに近づくとディアンドルの裾をつかんだ。
「さあ、ボクたちの家に帰るよ。即オチも、フリードもシェリーを待っているからね」
エスルスはシェリーさんの背中に手を添えると、家の方へ向かって農道を歩き出した。
月明かりが、二人の影を農道に長く伸ばしていた。
「セラもいるデスか……?」
シェリーさんは眉を顰め、目をそらした。
「ああ、即オチはシェリーのことが大好きだからね」
エスルスはシェリーさんに向かい手を伸ばした。
「セラは乱暴だからちょっと苦手デス。前に抱き上げられたら空に飛ばされたデス……」
シェリーさんは頬を膨らませ、エスルスの手を握った。
「加減を知らないからね……でも、最近は加減を覚えたみたいだよ? ツッコに闘気の扱いを教えているからね」
エスルスはちらりと私の方に目線を向けた。
「えー……セラが闘気の扱いを教えるなんて信じられないデス」
シェリーさんが小さく微笑んだ。涙はまだ少しあふれていた。
大きな影と小さな影が重なり、一つの大きな影になった。
私は配信機材が入ったカバンを手に取り、その後ろを追いかけた。




