第49話「堅牢の殲滅士にクッキーを食べさせたらニッコニコになった話」2/2
「ほかに何かコツはないですか?」
私は必死な思いでシェリーさんの顔を見つめた。
「うーん……そうデスね。私の場合は血液が噴き出る瞬間をよく見る機会があったから、イメージしやすかったデスが……」
シェリーさんはあごに指を当て、物騒な発言を平然と口にした。
「ほかに身近なもので流れをイメージできるものがあればそれが一番いいデス」
シェリーさんはタブレットの猫の絵をぽんと叩いた。
「ほかの物か……ちょっと考えてみます。ありがとうございます」
私は引き出しを開ける。前に買ったクッキーの缶があった。ちょっとお高いデパ地下で売っていたクッキー缶。
「あ……よかったらお礼じゃないですけど、一枚どうですか?」
私は一枚チョコがらせん状に練りこまれたクッキーを取り出して、シェリーさんに差し出した。
「なんデス? これは?」
シェリーさんは不思議そうにクッキーを手に取った。
「え? クッキーです。甘くておいしいですよ」
私はクッキーを一枚取り出すとサクッと音を立てて食べた。甘い。疲れた頭がすっきりする。
「初めて食べるデス。いただきますデス」
シェリーさんはクッキーをサクッとかじる。
サクサクサクサクと咀嚼する。
ごくりと飲み込んだ。
「んーーーッ! おいひぃデスぅ……」
シェリーさんは、いや、シェリーちゃんは頬に手を当て、とろんとした表情でクッキーの余韻に浸っていた。
「シェリーちゃん、もう一枚食べる?」
私はクッキー缶ごと、シェリーちゃんに差し出した。
「いいんデスか!? もらうデス!」
シェリーちゃんは缶を膝に乗せると、一枚、また一枚と口にひょいぱく、ひょいぱくと運んでいく。
「美味しいデスぅ……甘いの好きデスぅ……」
シェリーちゃんはニマニマと頬を緩ませ、本当においしそうにクッキーを食べていた。
「シェリーちゃん! それ全部上げるから好きなだけ食べて! あと写真撮らせて!」
私はスマホを取り出し、頬を押さえながらニコニコと食べるシェリーちゃんの写真を撮る。撮りまくった。
——いや! ニコちゃんだこれは!ニッコニコのニコちゃんだ。
その時、ニコちゃんの指先から深緑の光が一瞬漏れる。
金色の目が猛禽類のように鋭く光り、私を見据えた。私は息を飲んだ。
『宮國社員、すまないデス。私は次の予定があるから失礼するデス』
シェリーさんは急に立ち上がると、踵を返し、桜の髪飾りを外しながら部門長室の扉を開けた。
ガチャリとカギが閉まる音が居室内に響いた。
一時の静寂が訪れた。
その直後、部門長室の中からダダダダダダという銃声が響いた。
音が途切れることはなかった。一分、五分、十分、三十分は続いただろうか。
——あの部屋って防音じゃなかったっけ? ってか何の音なんだろう……改装工事でもしてるの? まさか部屋に穴開けてないよね?
銃声が止むと部門長室の扉が開き、額に桜の髪飾りをつけたシェリーさんが意気揚々と飛び出し、何事もなかったかのように次の予定へ向かった。
静まり返ったフロアで、私は一人取り残されていた。
「……なんだったんだ、一体」
呆然としながら、机の上に置かれたままのクッキー缶に目を落とす。
残ったクッキーを一枚、指先でつまみ上げた。プレーン生地とチョコ生地が、美しい綺麗な綺麗な渦を描いて焼き上げられている。
——螺旋状……循環……。
ふと、お菓子作りの工程が頭をよぎった。
このクッキーは、質の違う二つの生地を平らに伸ばし、端からクルクルと巻き込んでひとつの筒にする。焼いても形が崩れず、綺麗な模様のまま固まる……
「あ……もしかして」
私はつまんだクッキーを見つめたまま、指先にスッと意識を向けた。
——ただ輪っかを描いて回すんじゃない。外に向かって弾けようとする闘気を、生地を巻き込むみたいに内側へ内側へ、重層的にねじり合わせながら循環させるんだ。
紫色の闘気が指先に立ち上る。
クッキーの渦巻きを描くイメージで、闘気の帯を絞り込むように交差・回転させた。
バチバチという不快な弾ける音が消える。
指先の紫色の光は、まるで小さな竜巻のように、きゅっと凝縮されたまま静かに、そして力強く輝き続けた。十秒、二十秒と時間が経った。
「できた……?」
——まさかデパ地下のクッキーの構造が、闘気制御の最大のヒントになるなんて。
だが、気を抜いた瞬間また闘気は霧散してしまった。
「難しいなこれ……練習しないと……」
私は手に持ったクッキーを一口で頬張り、天井を見つめていた。




