第40話「クソ上司の股下にうっかり足を振り上げた話」
私は恐る恐る振り向いた。そこには迷いの森の妖精、ではなく、クソ上司が立っていた。
「こんなところで何やってるんですか? 迷子ですか?」
私は、きょろきょろと周りを見渡した。
「ひぇひぇ! 今日はボクが昇格の試験官として出向くことになったというのになんだその言い草は!」
クソ上司は指を突きつけ、甲高い声を響かせた。
「え? ロクディモントさん、Aクラス以上なんですか?」
私は胡散臭そうな目で上から下まで見つめ返した。
——こいつ、パワハラばっかりするからPクラス配信者かと思ってたが。そうか、セクハラの方か……
「ひぇひぇ! エクリプスの管理者は全員Aクラス以上の配信者じゃないとなれないんだぞ! これでもボクはAクラスだ!」
クソ上司は貧相な胸をドヤ顔で張ってみせた。
「あ~、知りませんでした……」
私は興味なさそうに視線を泳がせた。
——Aクラス……あー、アホだもんな。そういうことか。納得。
「ひぇひぇ……? お前、今、何か失礼なこと考えてないか?」
クソ上司は顔を近づけ、疑い深そうに目を細めた。
「考えてませーん、気のせいでーす。自意識過剰だと思いまーす」
私は棒読みで答えながらパッパッと手を振った。
「ひぇひぇ、まあいい。今日のDランク昇格試験の話をするぞ。迷いの森にはマヨイガという特殊なガがいる」
クソ上司は人差し指を立て、これみよがしに説明を始めた。
「ガですか? 虫、嫌いなんですよね」
私はあからさまに嫌そうな顔をして鼻を鳴らした。
「ひぇひぇ……好き嫌い言ってないで聞け。そのマヨイガの繭を取ってくるんだ。今の時期はそれなりに数があるはずだが、この森は迷いの森というように迷路のようになっている……」
クソ上司は手をうねうねと動かした。
「……お前は無理かもしれないけど、ボクを困らせないように死んでも戻ってくるんだぞぉ!」
クソ上司はニヤニヤと意地悪く口角を上げた。
「へいへーい。安定感すごいですねー」
私は肩をすくめて背を向けた。
——安定のクソ上司っぷりでウケるな。マジでこいつとは魔石採掘してたまるか……
「ひぇひぇ! 宮國ぃッ! 今回の試験は配信禁止だからな! 通信機器は使うんじゃないぞぉ!」
私の後方から汚いひぇひぇ語が聞こえたが、森の奥に警戒しながら進んでいく。
森の奥は暗かった。じめじめしており、空気が体にまとわりつく。
——さて、どうしようかな……
私は木の幹にナイフで目印をつけながら歩いてみた。道なりに進んで角を曲がる。
前に進んでいるような感覚があるにも関わらず、元のしるしの場所に戻ってきてしまった。
——なんだこれ……これが迷いの森か……
私は周囲を見渡した。木と木の間に隠れた獣道を見つける。細い道だが覗いてみた。
道の奥が開けた空間になっている。私は周囲を警戒しながら道を進む。
開けた空間に出た。
影が私の頭を包み込む。私は顔を上げた。
大きな木の化け物が私を見下ろしていた。とがった木の枝のような手を横に払う。
私は右腕を上げると同時に意識を集中する。右腕を中心に全身を紫の光が包む。
巨木の手が体にあたるとその手は砕け散った。
私は拳を握りこむと、巨木の化け物へ真っすぐに拳を突き出した。中央で二つに割れると、左右に崩れ落ちた。
私は倒れた巨木と拳を交互に見つめた。誰も見ていないが小さくガッツポーズをする。
——私、闘気使えるようになってる! しかもこんな大きな魔物倒しちゃった! すごくない!?
私は小躍りをしながらくるくる回っていると、白い線が目に入る。
森の奥の方から自分の方に伸びてくる白い線。
——戦闘じゃないのに白い線が見える? なんだろこれ。
私はその線をたどる。道を進み、木の間を抜け、倒木を乗り越え、つき当たりを曲がる。白い線を追って。
白い線の先には真っ白なような、薄いクリームのような大きな塊があった。
「あ、これ、繭だ」
私は繭をつかむと、来た道を振り返る。また、白い線があった。
私は来た時と同じように白い線をたどっていく。しばらく歩く。
白い線を追って、木の間を抜けると、そこにはクソ上司が切り株に座っていた。
クソ上司は、私に気付き顔を上げると、ありえないぐらいに目を見開いた。
「ひぇひぇーッ!?」
クソ上司はバッと跳ね起きようとした。
立ち上がると同時に、切り株に足を引っかけ盛大にすっころび、私の目の前に滑ってきた。
私はクソ上司を見下ろした。
——ゴリライドオンも地面を滑っていたけど、その簡易版かな? こんなキモイ乗り物は御免だけど。踏んでみようかな?
「ひぇひぇ……宮國ぃ、お早いお戻りだなぁ。さっさと繭を取ってこないか!」
クソ上司はゆっくりと体を起こした。顔が土まみれだった。
「いや、取ってきましたけど」
私は自分が手に持っている繭をクソ上司に見せた。
「ひぇひぇ!?」
クソ上司は、顔に付いた土を飛ばしながら、私が手に持った繭をまじまじと眺めている。
「あの……そんなに見なくても本物ですから」
私は眉をひそめた。クソ上司の吐息が指先にかかっていた。
——なんだよ、この不快な汚ブジェクトは……
「ひぇひぇ! ボクのためによくやってくれたな! さすがは宮國! ボクは信じていたよ!」
クソ上司は私の手を握るとぶんぶんと縦に振った。
私の背中に悪寒が走った。
うっかり私は足を振り上げ、 クソ上司の股下めがけて、足を蹴りこんでいた。
鈍い音と、 「ひぇひぇっ……!」というキモイ声がじめじめとした湿気を孕む迷いの森に溶け込んでいった。




