第37話「瞬撃の拳闘士のゴリラフォールでもんじゃ焼きを作りそうになった話」
セラは血を滴らせながら居間にドカッと座り込んだ。
「ツッコ、風呂入ってきたから飯にしてくれ!」セラは滴る血液をタオルでぬぐった。
「あの、血が垂れて、ばっちぃんですど……ってかなんでそんなに血まみれなんですか?」私は血まみれのゴリラを見上げた。
「あぁん? これくらい日常茶飯事だろ? 食欲の魔女に地面に打ち付けられた拍子に頭が割れただけだ。そのうち治る」セラは私の横に腰かけた。
「そのうち治るって……そんなわけ……」私はゴリラの頭を見つめていた。よく見ると青白い光がうっすらと体を包み、徐々に傷が治っていた。
——おっと……このゴリラ再生能力まであるって、ゴリラ・オブ・ノスフェラトゥだったのかな?
「よしっ! 治った! 飯だ! 飯だぁ!」セラは和風スパゲッティを手に取った。
フォークに麺を巻き付け、豪快に口に運んだ。
もぐもぐと口を動かす。ほほを赤らめ、前のめりになるセラ。
ごくりと飲み込むと大きく息を吐いた。
『はぁぁ~♡ このキノコたまらないよぉ……』セラは腰を震わせ荒い息を吐いていた。
「毎回、そんな感じで食べるのやめてもらえませんかね?」私は食卓に肘をつくと顎を乗せた。
『ツッコの料理がおいひいんだからしかたないだろぉ……♡』セラは震えながらも食事を続けている。
「ああ……そうですか」私は三白眼を細めてセラをにらんだ。
——食欲と性欲の両立は難しいっていうけど、食卓でこれを見せられるのはただただ不快だな。
セラは残ったスパゲッティを一気に平らげるとしばらくテーブルに突っ伏していた。
大きく息を吐くと顔を上げて私をじっと見つめた。
「ツッコ、お前、今日何やってたんだ?」セラは空になった皿を押しのけ、両腕をテーブルの上にドスンと置いた。
「え、ご飯作ってましたけど」私は口元を片手で覆い、わずかに首を傾げた。
「そうじゃねぇよ! 会社行ってぶっ倒れるまで何やってたんだって話だよ。いきなりボケかますんじゃねぇぞ」セラは握りこぶしで自分の膝をドスッと叩いた。
「あ、ああ。修行してました」私は人差し指で自分の頬を掻いた。
「修行だぁ?」セラは太い首をカクンと横に傾けた。
「えっと、闘気のコントロールと鞭を避ける訓練をしましたよ」私は広げた手のひらを胸の前でひらひらと振った。
「あ……? なんだって……?」セラは開いた口のまま静止し、そのまままばたきを二回した。
「え? だから鞭を避ける訓練をリーベ……」私は上体を後ろへ引き、じりじりと距離を取った。
「あの変態野郎ッ!」セラは勢いよく立ち上がった。
「え……どうしたの!?」私は両肘を曲げて防御するように手を前に突き出した。
「アタイの妹分を鞭で調教しようとするたぁ! 何て野郎だぁッ!」セラは自分の胸板を太い腕で力任せに殴りつけた。
「ち、違いますよ! セクハライドさんは、確かにボディタッチは多いですけど……」私は両方の手のひらをセラへ向けて横に振った。
「セクハラ野郎だぁ!? ツッコ、アタイが面倒見てやるから会社なんか辞めちまいな!」セラは私の両肩をガシッと掴み上げ、強烈に揺さぶった。
「ちょっと……揺らさないでください!」私はセラになすがままに揺さぶられ続けている。首がガクガクと揺れた。
——このゴリラ、力強すぎぃッ! 首がもげる!
ゴリラの力は強い。私の体はつま先立ちになり、ただただ、体を揺さぶられ続けていた。
——あ……やばい……このままじゃ吐くかも。さっき喰ったスパゲッティ……
私は上下に振られる。フリーフォール、もとい、ゴリラフォールであった。
——まずい、吐くのはダメだ……食べたものに対する侮辱だ……
私は意識を胸に集中する。体から何かがあふれるのがわかる。
「さっきから振りすぎなんだよ! このクソゴリラ! もんじゃ焼きができちまうだろうが!」私は全身から紫色のオーラを噴き出し、セラの手を握りしめた。力任せに握ると、地面を踏みしめた。
——はぁっ! はぁっ! 解放された! 決壊数秒前だった……
「もんじゃ焼きだって! どこだい!?」エスルスが静止した状態から顔をこっちに向けた。こっちみんな。
セラは自分の手を押えながら片側だけ口角を上げて、私の体から出る紫色の闘気を見つめていた。
「へぇ……」
私は息を吐くと、体からあふれる紫色の光が霧散した。
「ふぅ……」
「ツッコ、テメェなかなかコントロールが様になってるじゃねぇか」セラは顎に手を当てながら近づいてくる。
セラは私の目の前に立つと、蒼白い光を体中から吹き上げる。
バチバチと稲妻のような音を立てながら私を見下ろしていた。
「ツッコ、稽古をつけてやる。表に出な」セラは親指で中庭の方を指し示した。
「へっ?」
私の間の抜けた声は、セラが放つつんざくような光の音にかき消されていた。




