第38話「漆黒の聖騎士にロリババア扱いされてツンツンした話」
目の前にゴリラが近づいてくる。拳を青白く輝かせながら。
「ハッハーッ! ツッコ! 実践訓練と行こうかぁ……」セラは右拳を握りこんだ。フィンガーグローブがグギギュッ!とイヤな音を立てる。
「ちょ! ちょっと待ってくださいよ。私はセラさんには敵わないですって!」私は両腕を折り曲げて頭を覆った。
「何言ってやがる。前にアタイをぶっ倒したくせに。あの時は顎の骨が砕けて大変だったんだからなぁ!」セラは左手で顎を撫でた。
「え、顎が砕けてたの?」私は腕の隙間から顔を向けた。
「アタイも全力で殴った後だったから闘気を拳に集めすぎてたんでね。おらぁッ! ツッコ! 気門かっ開いて腕に闘気を集めるんだぜぇ!」セラは大きく拳を振りかぶった。
「気門をかっ開くって……」私は大きく拳を握りこみ、顔を腕で包み込んだ。
——しゅ、集中しないと!
私は胸の中心に意識を向けて目をつむった。体から紫色の光がにじみ出る。
「おいおい! ツッコ! そんなよえぇ闘気だと腕の骨がブチ折れちまうぞぉ!? 腕に集中しろ! 腕だ! 腕ェッ!」セラの拳が風切り音と破裂音を響かせながら近づいてくる。
私は腕に力を入れた。腕に意識を向けると、紫色の光が腕全体を包み、揺らめき始めた。
小さくブゥンブゥンという機械音のような音が聞こえた。
——なにこれ……腕が暖かい……
セラの拳が腕に触れた。後方に大きく弾き飛ばされ、畳を転がり、壁にぶつかりめり込んだ。
「……ッ!」私は壁に跳ね返されて畳の上をすべる。私はよろよろと体を起こし、自分が飛んできた方を向いた。
腕を見る。青黒く腫れていた。
——痛い……あのゴリラ、力加減ってもの知らないの……?
「ツッコォ! よく防いだなぁッ! 昼間の訓練の成果ってやつかぁ?」セラは右腕をぶんぶんと振り回しながら近づいてくる。
私は食卓の方を見つめる。フリードはガンギマって机に散らばった七味唐辛子を指先に付けてなめていた。
エスルスは追加の和風スパゲッティをくるくると巻きながら私とセラを興味深そうに見つめていた。
大きく喉を鳴らすと、小さくケプッという音を立てた。ゲップだった。
——あ、だめだ。こいつら自分の欲に素直すぎて助ける気なんかまったくなさそう……
「おや、ボクとしたことが失礼。つい美味しくて空気を大量に取り込んでしまったよ」エスルスは口元に手を添えた。
私は二人を無視してセラへ向き直った。痛む腕を無理やり持ち上げる。
「ほらほら、ツッコォッ! もう一発行くぜ。次は腹だ! 気合入れねーと内臓破裂して死んじまうぞォッ!」セラは蒼白い光を反射し、キラキラと輝くポニーテールを左右に揺らしながら近づいてきた。
私の目の前に立つとゆっくりと拳を下ろす。体をひねるようにしながら頭上に一気に突き上げた。
——お腹ッ!
私はお腹に意識を集中して、力を込めた。
大きな衝撃が走り、体が打ち上げられる。自分の喉からヒュッと息が漏れるのが聞こえる。
私は天井に打ち付けられ、そのまま地面に落ちた。
「ガハッ! げほッ……ごほッ!」私は横を向き、お腹を押さえせき込んだ。
——痛い……痛いよ……このゴリラなんでこんなことするんだよ……死んじゃうじゃないか……
私は天井を見上げた。パラパラと木くずが落ちてきている。私がぶつかったであろう部分がへこんでいた。
——ああ……なんだよ。これ、修理どうすんだよ。バカゴリラ……
おなかの痛みがひどく立ち上がることもできない。
天井を見つめていると、ゴリラがぬっと顔を出して私を見下ろしている。
観察するようにじっと見つめている。
——おい、やめろ。観察するのは人間だ。動物園に帰れ、金髪ポニーゴリラ。
「やっぱツッコはすげぇなぁ……」セラは腰に手を当て、力強く胸を張った。
「え?」私は痛むお腹を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。
「闘気を使ってアタイの攻撃を防御するなんてすげぇな。普通の奴なら一発目で両手がお釈迦、二発目なら腹に穴が開いてもおかしくないのに」セラは自分の拳を見つめ、満足そうに頷いた。
「は?」私は両目を見開いたまま静止した。
——今、こいつなんていった? ってか人間の所業じゃないんだけど。ゴリラ界の社交場ではそれが当たり前なの?
「アタイがそこまで闘気を使えるようになったのは、8歳から修行を始めて5年くらい経った頃だな」セラは遠くを見る目になり、指を折って数えた。
「ツッコ、即オチは天才といわれているからあんまり鵜呑みにしなくていいよ。18歳になった今も世界屈指の使い手だしね」エスルスは優雅にフォークを置き、ナプキンで唇を軽く拭った。
「ちょっと待て!」私は跳ね起きるように立ち上がり、ビシッと指を突きつけた。
「あ、なんだよ? 褒めんじゃねぇぞ? 照れちまうからな」セラは顔を緩め後頭部をポリポリと掻いた。
「いやそうじゃなくて今エスルスなんていったの!?」私は視線をエスルスへ切り替え、食卓に身を乗り出した。
「うん? 18歳になった今では世界屈指の使い手だって言ったんだ」エスルスは首をかしげ、不思議そうに眉を寄せた。
「18歳……?」私はゆっくりとセラの全身に視線を走らせた。
「ああ、アタイは18歳だぜ? ツッコは16歳くらいじゃねぇのか?」セラは腕組みをして自分の太い上腕二頭筋を叩いた。
「私は24歳だよこんちきしょーーーっ! ツッコ姉さまと呼びやがれぇッ!」私は地団駄を踏むように畳をドカドカと踏みつけた。
「なんだツッコ、6歳も上なんだな。あれか? 最近流行りのロリババアなんだな」セラは顎を突き出し、小さくうなづいた。
「誰がBBAだ! ふざけんなよ!」私はセラの胸元を掴みかからんばかりに拳を振るった。
「ツッコちゃん、腕が痛そうだから治すよ」フリードはスッと間に入り込み、膝をついて私の腫れた腕に優しく触れた。
「別にロリババアだってツッコちゃんはツッコちゃんだよ?」フリードは白く輝く歯を見せた。イケメンの顔をオレンジ色の光が照らし、歯がその光を反射していた。
私はその光にやられていた。腕の痛みが引くとともに、頬が赤くなり、動悸が早くなる。
「わ、私……」
「ロリババアでも別にイイでしゅ……」私は左手と右手の人差し指をつんつんとぶつけながらうつむいていた。




