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第36話「食欲の魔女が和風スパゲッティでイグサブレーディングした話」

 セラは土塊(つちくれ)をキッチンに落としながらイキも絶え絶えな様子だった。珍しく顔色が青い。


「あの、ご飯にするのでお風呂入ってきてもらっていいですか? 部屋汚れるんで」私はセラの周りを迂回するように避けて居間に向かう。


「ツッコぉ……ストーカー野郎に……変なこと……されなかったか……」セラは荒い呼吸を吐きながら、私の後ろについてくる。威圧感が半端ない。死にそうなのか、怒っているのか判断ができない。


「えーっと……大丈夫です。それより、お風呂……土が床に落ちてるんで」私は徐々に近づく荒い呼吸を無視して、早足で廊下を駆ける。返事をしたら呼吸音が消えた。


 私はゆっくりと振り返った。セラが、いつも通り即オチしていた。

 ——心配だから墓場(ゴリランカー)から這い出てきたの? キングコング・デッドなんていう映画はなかったはずだけど……


「フリードさん、エスルス、ご飯にするので早く来てください」私は大きな声を上げると、フリードは大きく迂回し、エスルスはセラの頭を踏みつけながら居間に向かった。


 居間に着くと私は四人分の和風スパゲッティを並べる。


「今日のはまた刺激的な香りと、香ばしい香りがするねぇ。もう行っちゃっていいかな?」エスルスはフォークを手に取った。


「あ! しまった! 配信忘れてた」私はあわてて自分のカバンを漁る。配信機材を取り出し、スイッチを入れた。


 その横でフリードは緑色のチューブを手につかみ見つめていた。蓋を開けてゆっくりと食卓の上に置く。


 チューブを口にくわえると一気に吸い上げた。


『んぐぁッ!』フリードは涙を流しながら、震えていた。


スクワライドLOVE美:あら、ツッコちゃん、配信始めたのね? 大丈夫かしら……


「はーい! こんばんはツッコの……」私はカメラに手を振りながら、にこやかな笑顔を作り、タイトルコールを始めようとした。

 

『なんだぁい! これはぁああ! 鼻の奥から目までを一気に突き抜ける圧倒的な刺激ィッ! ボクの鼻の奥を蹂躙して、眼をえぐるようだぁい! 喉が熱いぃッ! 煉獄の中に身を投じたような辛さなのに、妙な清涼感があるじゃないかぁい! これはまさに無間地獄のようだぁい!』イケメンは死んだ。狂人の出来上がりだ。狂人オブザデッドの始まりだ。


 スクワライドLOVE美:何事!? ツッコちゃん大丈夫! 敵襲かしら!


 スクワライドしか勝たん子:いや。例のガンギマリイケメンが食レポしてるみたいよ?


 ツッコラーA:でも、あれ、手に持ってるのワサビだよぉ?


 名無しさんA:あれ? フリードがツッコとご飯食べてる?


 名無しさんB:あの銀髪美女は何者? めっちゃタイプなんだけど……


 名無しさんC:いやいや、フリード目やばいだろ、あれは人殺しの顔。


 エスルサーA:おや、エスルス様の魅力に気付いたものがまた一人……だが、エスルス様の真骨頂はこれからだよ。刮目せよ。


 ロクディモント:宮國ぃッ! 飯食ってる場合か!


『君たちいい加減にするんだ! Wozu(ヴォツー) habe(ハーベ) ich(イヒ) denn(デン) die(ディー) Gabel(ガーベル)ゥッ!?  Zum(ツム) Essen(エッセン)ンンッ!(ご飯を食べるためだろォッ!)』エスルスは拳を机にたたきつけた。


「エ、エスルス落ち着いて、食べていいから!」私はエスルスに皿を渡した。エスルスはひったくるように取り上げると、勢い良く右手を回転させる。和風スパゲッティがフォークの螺旋に吸い込まれるように巻き付いていく。エスルスは一口でそれを口に入れ、咀嚼した。


 無言で咀嚼する。もきゅもきゅもきゅもきゅシャクシャクシャクという咀嚼音が響く。


 エスルサーA:ワクワクしますねぇ……


 名無しさんB:今、すごい絵面じゃなかった? 皿の上のパスタはどこに?


 スクワライドLOVE美:安定の食事っぷりね。


 スクワライドしか勝たん子:お皿はきれいだし、口元に汚れ一つ付いていないわ。


 ツッコラーA:食欲には勝てない人だなぁ……


 エスルスはおもむろに立ち上がるとゆっくりと居間の反対側まで歩いていく。


 壁際に立つと、鋭い眼光でこちらを見つめ、大きく息を吸って走りだした。


 床を蹴るたびにイグサを派手に弾き飛ばし、爆発的に加速する。そのまま深く膝を折り、体を畳ギリギリまで傾け……氷上を滑るスケーターのように床すれすれを滑走してきた。


 私の目の前まで来ると、ギュバッ! と足裏で畳の表面を力強く削り取るような音を立てて急制動をかける。


 舞い散る畳の屑を背に、摩擦熱で滑らせた足の勢いのまましなやかに体を起こすと、両手をダイナミックに広げ、最後は右手を銃のように一気に突きつけてきた。

 

 エスルスは、大きく息を吐き、頬を紅潮させ、カメラを見つめていた。


Wabi-Sabi(ヴァビサビ) wird(ヴィルト) die(ディー) Welt(ヴェルト) retten!(レッテン)ンンッ!(詫び寂びは世界を救うッ!)』


 スクワライドLOVE美:わたしは何を見せられているの?


 スクワライドしか勝たん子:わからないわ。


 エスルサーA;Wabi-Sabi(ヴァビサビ)は世界を救う。おそらく和風スパゲッティの素朴の味わいの中に輝く、ワサビの刺激の感動を表現したかったのでしょう。


 名無しさんB:おかしなことしてるのに顔が最高にイイんだけど。


 エスルサーA:君もエスルス様に魅了されてしまったようだな? ようこそ。紳士の世界へ。


 エスルサーB:エスルサーに名前変えます。


 エスルサーB:おい、新参。Bは俺のだ。次はNくらいのはずだぞ。


 エスルサーN:Nはいるよ。Zくらいじゃないか?


 エスルサーZ:Zもいます。


 エスルサーAA:じゃあこれで。


 スクワライドしか勝たん子:エスルサー、こんなにいたのね。


 ツッコラーA:ツッコラーより多いんじゃないかなぁ……


「えー……なんか、悔しいんだけど」私は、カメラを見つめながら頬杖をついた。


 私はため息をつくとふと机の上に影が伸びていることに気付いた。


 私は恐る恐る、影が伸びてきている方に体を起こし、向けた。


 そこには、髪の毛をタオルで拭きながら、近づいてくる。金髪のゴリラがいた。


 ただ、そのタオルは頭からの流血で真っ赤に染まっていた。


 ウォーキング・キングコング・デッドの幕開けであった。

 =============【作者より】


 読んでいただきありがとうございました。



 〇今回の声に出して読みたいカッコいい言語・ドイツ語講座ァーッ!

 ■『Wozu habe ich denn die Gabel?  Zum Essen!』

(じゃあ一体、何のためにフォークを持ってるんだい? 食べるためさ!)


 Wozu(ヴォツー):何のために Wozu は「どういう目的で」を問う疑義語。英語のWhat for。


 habe(ハーベ):持っている。動詞 haben の1人称単数形。英語のhave。


 ich(イヒ):私が。1人称主語。


 denn(デン):一体。疑問文に入れて「一体〜なんだ?」とニュアンスを強めるニュアンス粒子。


 die(ディー):その・この。女性名詞 Gabel につく定冠詞 theみたいなもの。


 Gabel(ガーベル):フォーク(女性名詞)


 Zum(ツム):〜のために。zu + dem の縮約形。「〜する目的で」を表す。


 Essen!(エッセン):食事・食べる。動詞 essen が名詞化したもの。頭文字が大文字になります。


 なお、Essenという単語はエスルスの語源でもあります。さらっと命名秘話を突っ込んでみます。


 ■『Wabi-Sabi(ヴァビサビ) wird(ヴィルト) die(ディー) Welt(ヴェルト) retten!(レッテン)ンンッ!』

  (詫び寂びは世界を救うッ!)


 Wabi-Sabi(ヴァビサビ):侘び寂び(固有名詞・主語)。ドイツ語では名詞の頭文字が大文字になります。ドイツ語の発音規則(W = ヴ の音)により、「ヴァビサビ」と発音します。


 wird(ヴィルト):〜するだろう、〜する(未来形や強い主張を作る助動詞 werden の3人称単数形)。主語(Wabi-Sabi)を受けて変化した形です。


 die(ディー):〜を(女性名詞 Welt につく定冠詞の単数4格。「その〜を」「〜を」という目的語の印)。


 Welt(ヴェルト):世界(女性名詞)。W は「ヴ」の音になります。


 retten!(レッテン):救う、救出する(動詞の原形・不定形)。助動詞 wird とセットで使われるため、文末に配置されます。

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