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第35話「水も滴るいい漆黒の聖騎士にオホホりながら和風スパゲッティを作った話」

 ゴリランカーを放置して私はエスルスと家の中に入る。玄関を開けてキッチンに向かうと上半身裸で首にタオルをかけたフリードが現れた。


「ちょっと! フリードさん、なんて格好してるんですか?」私は両手で顔を覆った。指の隙間から鍛え抜かれたフリードの体を見つめていた。六つに割れて溝に影が落ちる腹筋。ほどよく厚い胸板。そして何より、タオルを持ち上げるたびに浮き出る腕の血管……。


 ——待って。腕の血管は聞いてない。そこは反則です。イケメン細マッチョ! いきなりエンカウントするには破壊力が高すぎます! 誰かこのシーンを画面キャプチャしてほしい!


「ああ、ツッコちゃんごめんよ。人が入ってくると思わなかったんだ……」フリードは髪の毛をタオルで拭くと、濡れた髪がキラキラと光を反射する。曲げた腕の隙間から脇がちらちら姿を見せる。


「ごめんなさい! 隠してもらっていいですか……シゲキガツヨスギマス……」

 ——お母さん! 脇のチラ見せはダメです! 水もしたたるいい男が過ぎます! 狂人なのに悔しいです!


「ああ、ごめんよ。でも、ツッコちゃんのを前見ちゃったからね。おあいこだよ?」フリードは自身の左手にかけていたTシャツに袖を通した。


「オアイコデスカ……ソウデスカ……」私は顔を真っ赤にして下を向くと、セラとの会話を思い出していた。

 ——ああ、そうだ。裸の時に治療されて、目をそらされて……終わった……私の人生……


「ああ、でもツッコちゃんの方が綺麗だったかな? いい形だった」フリードは首を少しかしげて小さく微笑んだ。


「いっそ殺してくれ!」私は顔を腕で包み込んだまま厨房に駆け込んだ。


「ツッコちゃん、どうしたんでしょうか?」フリードの不思議そうな声が後ろから聞こえる。


「ボクはツッコに同情するよ」エスルスの呆れたような声も聞こえた。


 私は厨房に駆け込むと髪をゴムでまとめ、両手を洗うと冷蔵庫からベーコンと、タマネギ、エリンギ、マイタケ、しめじを取り出した。


「さぁー! 今日はキノコとベーコンの和風スパゲッティを作るわよ! おほほほっ!」

 ——ヤケクソだ! 気合を入れて料理をするぞー! でも時間はないから簡単で美味しいものを作って爆喰いだーッ!

 

 タマネギはザクザクザザザッと薄切りに。ベーコンはスッスッと少し厚めの短冊切り。エリンギは食感が残るように縦に裂いて、マイタケとしめじは石づきを落として手でほぐす。


「今日はアクセントにこれを入れますよ。これ!」私は冷蔵庫からワサビ菜を取り出す。

 

 流水でさっと洗い、葉と茎をまとめてトントントンとざく切りにする。


「キノコは包丁で細かくしすぎないのがいいんですよ。せっかく種類を入れるんだから、それぞれ食感が違った方がおいしいですからね」


 フライパンを火にかけ、少量のゴマ油を落とす。ゴマの香りがキッチンに広がる。


 そこへベーコンをゆっくり投入すると、ジュワァァァッ!っと、脂が溶け出し、香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がっていく。


「いい匂いだねぇ、ツッコ。そろそろ食べられるのかな?」エスルスは口によだれを溜めたまま横に立っていた。


「まだだよ! というかベーコンだけ食おうとするな!」


 背後から伸びてきたエスルスの手をかわし、足で腹を蹴った。


「ツッコ……鳩尾(みぞおち)はダメだよ」エスルスはその場にへたり込んだが無視した。


 ベーコンの端にキツネ色の焼き色がついたところでタマネギを加える。


 ジュワジュワと音を立て、タマネギが透き通ってきたら、エリンギ、マイタケ、しめじを一気に投入した。


 キノコがベーコンの脂を吸い込み、フライパンの中でしんなりとしていく。そこへ少量のバターを落とす。


 ぱちぱちじゅわわッという音とともに、ふぅわりと立ち上る乳脂肪の甘い香り。


「バターは入れすぎない。今日は和風だから、ベーコンの脂とキノコの旨味を主役にします」


 沸騰した鍋に塩を入れ、スパゲッティを放射状に広げる。


 その間に私は大根を取り出した。


 皮をむき、おろし金の上でシャッ、シャッ、とすりおろしていく。


 真っ白な大根おろしから、みずみずしい汁があふれる。


 ——これですよ、これ。ベーコンとバターでちょっと重くなった口の中を、こいつが全部リセットしてくれるんですよ。たまりませんなぁ。ほほほっ。


 茹で上がる少し前に、フライパンへパスタの茹で汁をお玉一杯。


 醤油を鍋肌から回しかける。


 ジュゥウワッ!


「ツッコちゃん、いい匂いだね」野生の、いや、宮國家居候のイケメンが顔を出した。

 ——やめろやめろぉ! 今はお前は来るな! 私の心を乱すんじゃない!


 焦げた醤油とバター、ベーコン、三種類のキノコ。


 それぞれの香りが湯気に乗って鼻をブン殴ってくる。


 茹で上がったスパゲッティをフライパンへ移し、強火で一気に和える。


 麺が醤油色の油をまとい、艶々と輝いたところで火を止めた。


「最後はこいつよ! オホホホホッ!」


 ざく切りにしておいたワサビ菜を投入。


 余熱だけで大きく混ぜ合わせる。


 鮮やかな緑色の葉がしんなりする。しかし、完全には火を通さない。


「ワサビ菜は最後。火を入れすぎるとせっかくの香りと食感が飛んじゃいますからね」


 深めの皿にスパゲッティをくるりと巻くように盛りつける。


 茶色く艶めく麺。その間からベーコン、エリンギ、マイタケ、しめじが顔を出し、鮮やかなワサビ菜の緑が差し色になる。


 その頂上へ、汁気を軽く切った大根おろしをこんもり。


「そして……」私は冷蔵庫から小さなチューブを取り出した。


 緑色のキャップを外す。


「とどめの……ワサビィィィッ!」


 大根おろしの頂上へ、ワサビをちょこん。


 完成。キノコとベーコン、ワサビ菜の和風スパゲッティ、大根おろしを添えて。


 これを三人分、いや、念のためゴリランカーの分も作りお盆に乗せる。


 私は出来上がった皿を満足げに見下ろした。


「さあ、食べましょうか」


 私はお盆を手に取り振り返ると、キッチンを抜け、居間に向かう。


 そこには上半身が土まみれになった金髪ボサボサ頭の流血ゴリラが半笑いでたたずんでいた。

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