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第2話「食欲の魔女を豚の生姜焼きで天に昇らせた話」4/4

 居間に戻ってきた。エスルスの前にフォークとスプーン、箸と生姜焼き、ご飯を並べる。


「これはもう食べてもいいかな? ボクはもう我慢が出来そうにないんだけれど……」エスルスが息を荒げ、両手の指をうずうずと動かしながら、口元にヨダレを浮かべ、豚肉の生姜焼きを見つめていた。


「ええ……せっかく作ったんで熱いうちに行っちゃってください」私は少しだけエスルスに皿をよせた。


「それではいただくよ……ごくり……」エスルスは箸を掴むと上手に豚肉を口に運んだ。


 無言で咀嚼(そしゃく)していた。少し身震いしているようだった。


 レンコン、玉ねぎを口に運び、シャキシャキと音を立てて食べた。


 ご飯を口に含み噛みしめた。


 ごくりという音とともに飲み込むと、口元をティッシュでぬぐった。


 エスルスは大きく息を吐いた。


 吸った。


 立ち上がった。


 目を見開いた。


 そして、その場で跳躍した。


 見事なまでのバック宙だった。


 高い。


 天井の高い我が家でなければ体をぶつけてそのまま落ちていただろう。


『|Ich fühle mich wie《イッヒ フューレ ミッヒ ヴィー》 |im siebten Himmel 《イム ジープテン ヒンメル 》(天にも昇る心地だ)ッ!!!!!』


「ちょ! 広いからって危ないんで家の中で飛んだり跳ねたりしないでください!」私は立ち上がって抗議した。


嗚呼(ああ)素晴らしい(マーヴェラス)! 素晴らしいぞツッコ! 止めないでおくれ、今のボクの魂はまさに限界突破の歓喜に震えているのだからねぇッ!」


 エスルスは大皿を掴み天に掲げた。


『ああ! 天上の神々よ! 見ておくれ! この濃褐色(のうかっしょく)に美しく染まった豚肉をッ! 噛み締めた瞬間に溢れ出すのは、濃厚な生姜醤油の鋭い塩気(しおけ)……! と、思いきやッ! それを全包囲から優しく、かつ圧倒的な包容力で包み込むバラ肉の暴力的なまでの(あぶら)の甘みッ! この相反する二つの要素が口内で完璧なる布陣(フォーメーション)を組み、ボクの味覚を|蹂躙(じゅうりん)してくるのだよォッ!!』


 エスルスは身をよじるようにして、今度はレンコンを口に放り込んだ。


『さらにこれだ! 繊維に沿って美しく断裁されたレンコンの、このシャキシャキとした瑞々(みずみず)しい歯応え! これぞまさに、濃厚極まる肉の饗宴(きょうえん)に放たれた、清涼なるアクセントォっ! そしてこの、クタクタになるまで加熱され、己の限界まで甘みを引き出されたタマネギの、なんという憎たらしき名脇役ぶりかァァァッ!』


「……あの、ご飯冷めるんで早く食べてくれません?」


 私は冷ややかな視線を送った。


 しかし、魔女の「舌演」はもう誰にも止められなかった。


『そして、極め付けはこの白い大粒の米だァッ! この背徳(はいとく)の肉塊をッ、タレごとこの白米の上へワンバウンド……いや、トゥーッ! バウンドゥォッ! 醤油と脂を吸い込んだ米を肉ごと一気にかき込む……至極(しごく)! 至極ッ! 嗚呼(ああ)、深夜0時という破滅的な時間帯でありながら! 死に至るほどの炭水化物を食さずにはいられない、これぞまさしく、食うものの理性をも白濁させる「魔性の食事」に他ならないぞォォォーーーッツ!!!』


 エスルスは、文字通り天を仰いで、激しく左右に肩を揺らしながら悶絶していた。


 しばらくその悶絶は収まらなかった。私は大人しくご飯を食べた。


 ご飯を食べ終わったころ、エスルスは静かに箸を置いた。


 ゆっくりと私に向き直った。


 深い暗い眼で私を見つめた。


 静かに口を開いた。


「キミ、悩んでいることがあるだろう? ボクが力になるよ。キミのこと……教えてくれるかな?」


 狂人のごとき食レポを演じた麗しの奇女はそこにはいなかった。


 その魔女は田園のなかで見せた魔性の狂気を漂わせていた。

 =============【作者より】

 ※6月7日に改変を行っています。経緯はこちらを参照ください。

 https://kakuyomu.jp/users/DanielSan/news/2912051601412469934

 読んでいただきありがとうございました。


 ブラック企業×飯テロ×ダンジョン配信×限界突破ギャグという作品となります。


 ダンジョン配信要素がエッセンスしかなくて申し訳ありません。


 次回はツッコのダンジョン配信に向けての準備回となります。


 次回更新は6月5日(金)予定です。作者の気まぐれで前倒しがあります。ご注意ください。


〇今回の声に出して読みたいカッコいい言語・ドイツ語講座ァーッ!

Ich fühle mich wie im siebten Himmel

イッヒ・フューレ・ミッヒ・ヴィー・イム・ジープテン・ヒンメル


直訳すると「私は7番目の天国にいるような気分です」


Ich fühle mich:私は〜と感じる。(英語の I feel 〜 と同じですね)

wie:〜のような(英語の like)

im:〜の中に(in + the と同じ、その場所にいるの意)

siebten:7番目の

Himmel:天国、空 

 ※某・葬送する名作の主人公「ヒンメル」の名前も、

  このドイツ語の「空・天国」が由来ですね。


これらが合体したドイツ語の慣用句表現で、「私は幸せ、天にも昇る心地」という意味になります。


なお、ドイツ語はルールさえわかれば発音がローマ字読みと同じなので非常に読みやすいです。

 wie は「ヴィー」と読みますが、w はヴァヴィヴヴェヴォになると思ってもらえればいいです。

 例:weiß(ヴァイス=白)、Schwarz(シュヴァルツ=黒)


 作者は大学の際に第二外国語がドイツ語専攻でしたが、響きがかっこよくて

 Kugelschreiber(クーゲルシュライバー=ボールペン)が大好きでした

 Kugel(球体=ボール)、Schreiben(書く)です。


 ブクマ、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします。

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