第32話「S級配信者オジが私を狙って施設利用料を負担することになった話」
スクワライドは小さくあくびをしながら声をかけてきた。
「ツッコちゃん、Eランク昇格おめでとうぉ……いろいろ事情は聞いたけど次はさっそくDランクをめざさないといけないんだよねぇ?」スクワライドは砂色の長髪をうっとうしそうに払いながら私の方に近づいてくると、小さく微笑んだ。
「そうですけど……何か用ですか?」私は半歩下がって身構えた。
——こいつ、セクハラ親父なんだよな……気を付けないと、何されるかわかんない。
「おいおい、旦那に対してそんな態度はねえんじゃないかよい?」リーべは肩をすくめた。
「だって、スクワライドさんってちょっと距離近いし……」私は自分の胸を抱き、体を半身にして距離を取るようにそらせた。
「そんな警戒しないでくれよぉ……僕も闘気を活用して戦うタイプだから手伝いができると思ったんだよぉ」スクワライドは、眉を下げ、唯でさえ細い目をさらに細めた。
「そうだぜぇ! わっちの師匠でもあるんだからな。百人力だよい!」リーベは胸を拳でドンと叩いた。
「リーベさんが言うなら……それでどうするんですか?」私は腕を組んだまま、スクワライドたちに体を向けた。
「ロクディモントには言ってあるから演習場に行くよぉ」スクワライドはエントランスの左手の方に親指を向けた。
私は、スクワライドに案内され、リーベとともに演習室に向かった。演習室は社員が勤務中にも自由に使える設備になっている。ただ、利用料は1時間当たり5,000円。給与天引きという代物だ。
「今月、金欠なんであんまり長時間使いたくないんですけど……」私は入り口に社員証をかざしながら、周囲を見渡した。
「ああ、それなら心配いらないよぉ。当面は僕の給与から引かれるように申請してあるからぁ」スクワライドはロッカーに荷物を置いた。
「ほんとですか! ありがとうございます!」私は思わずスクワライドの手を両手で握った。
——ラッキー! いろいろ設備使えるのにタダでいいの? 社員証で利用を認識するから、もしかして当面は使い放題?
「旦那はこういうとこきっちりしてんだよなぁ……わっちもずっと旦那負担で申し訳ないよぃ」リーベは目を伏せ、頬を指先で掻いた。
——もしかしてこの人いい人!?
私は握った手からスクワライドの顔へ視線を上げた。
細い目をさらに細め、嬉しそうに微笑んでいるスクワライドおじ。
——いや、待てよ……餌付けして何をするつもりだ? まさか……
さっきまで輝いていた私の目から、すっと光が消えた。
「す、すみません……ちょっと距離近かったです。ごめんなさい」私は弾かれたように手を放し、胸元まで引き戻した。
「いいんだよぉ? 気にしなくて」スクワライドの手が、なだめるように私の肩へ伸びてくる。
「あ、ごめんなさい、大丈夫です。すみません。申し訳ありません。着替えてきます!」
私は両手を盾のように突き出し、思いつく限りの語彙で謝罪を尽くしながら後ずさった。そのまま踵を返し、ロッカールームへ駆け込んだ。
————
私は着替えを終えて演習室に戻ってきた。リーベが鞭を構え、スクワライドの前に対峙していた。
「今日こそ一発当ててみせるよぃ!」リーベが両手を上下に交互に振ると、鞭が躍るように地面を走った。よく見ると、鞭には淡い赤色の光がまとわりついている。
——あれ? 前にはあんなの見えたっけな?
「おいおい、リーベ。俺はそう簡単には捉えられねぇよい!」スクワライドは両目を開き、金色の眼を輝かせていた。
リーベの鞭が左右からスクワライドを襲う。スクワライドは首を傾け、右から来る鞭をよけ、左から来る鞭を片足を上げてよけた。
「甘ぇよい!」リーベは左に鞭を振るう。地面をはねた鞭が動きを変えて、片足立ちのスクワライドの胸元めがけて軌道を変える。
「おいおい、そうは問屋が卸さねぇよ」スクワライドは後方にのけぞると、ぎりぎりで鞭をかわす。のけぞった勢いのまま、バック宙をしてきれいに着地した。
「ちっきしょー! WWCを使わせることもできないのかよぃ!」リーベは歯ぎしりを立てた。
「おいおい、焦んじゃねぇよ。いい線行ってるんだからよ」スクワライドはゆっくりと肩を回しながら近づいてくる。
「じゃあ、次はツッコちゃんの番だねぇ。とりあえず基礎から行こうか」スクワライドは目を閉じるほどに細めた。
「はい……何からすればいいですか?」私は拳を握り、息を飲んだ。
「リーベちゃんの鞭をよけてもらおうか」スクワライドは、リーベの方を向いた。
「旦那、わっちの鞭はツッコにはまだ早いんじゃないかよい?」リーベは鞭を手元に戻しながら、スクワライドに目線を向けた。
「いやぁ、そうでもないと思うよ? 多分半日もあれば当たらなくなる」スクワライドは顎に手を当てひげを撫でた。
「あぁ!? 旦那、それはわっちを過小評価しすぎじゃないか?」リーベは顔を赤らめ、青筋を顔に浮かべた。
「そ、そうですよ! あんなすごい鞭よけられないですよ」私はリーベの顔色をうかがいながら額をぬぐった。
——ちょっと! このオジ、配慮とかないの?
「違うよぉ、リーベちゃんが弱いんじゃなくて、ツッコちゃんがすごいんだよぉ」
「そうかい……そこまで言うなら本気でやってやるよぃ……」リーベは私に向かって鞭を向けた。
「旦那の見立てが甘かったことを思い知らせてやらぁ!」縦に手を振ると大きな乾いた破裂音が響く。
私は両手を胸の前で握りしめ、怒りに揺れる黒髪ツインテールの少女の赤い瞳を見つめていた。




