第31話「瞬撃の拳闘士と添い寝して治療してもらった話」
私はセラの方を見つめて呆然としていた。すやすやと金髪ゴリラは眠っている。
周囲を見渡す。自分の部屋であることは間違いない。
——なんで、私が即オチゴリラと一緒に寝てるんだ? しかも裸で……何があったらこうなる?
私は枕元にあった下着と、シャツに袖を通して、セラのほっぺをつねる。
「あのー……朝ですけど」
——返事がない。ただのゴリラのようだ。そうだ。このゴリラ、異常なまでの耐久性能のせいでおそらくこれくらいじゃ効かない。
私は周囲を再度見渡した。近くにあった体温計をセラの鼻に差し込んだ。
——うん、36.5℃平熱だな。
「ふがっ! ん……」セラは突然の刺激に体を震わせた。
ゆっくりとまぶたを持ち上げると、眉間に深いしわを寄せて私をにらむ。
「テメェ……せっかく人が看病してやってたのに何やってんだよ!」セラは鼻から体温計を引き抜いた。豊満な胸を揺らしながら、体温計を握った拳をわなわなと震わせる。
「いやあ、朝なのに起きないので」私は後頭部を掻きながら視線をそらした。
「ああ……もうこんな時間かよ」セラは大きなあくびを漏らし、首を左右に鳴らしながら立ち上がる。生まれたままの姿で、六つに割れて深い溝を作ったような腹筋を見せつけてくるようだった。全身ガッチガチだった。
——すっごい、体……何食べればこうなるんだろ……バナナ?
「あの! セラさん、服着てください!」私は両手で顔を覆い、指の隙間からちらりとセラを覗いた。
「あぁん? 女同士なのに何言ってんだよ? 第一抱き合って寝てたのにいまさら恥ずかしいとかどういう了見だよ」セラは片眉を吊り上げる。枕もとのバンダナに手を伸ばすと、金色の髪の毛を無造作にかき集め、後ろで高く結った。
「え……抱き合ってたんですか?」私は顔を覆っていた手をゆっくり下ろした。
「ああ……必要だったからな」セラはバンダナの結び目を締めながら、鼻を鳴らした。
「ひ、必要って! 私に何をしたんだよ!?」私はシャツの胸元を両手で押さえ、反射的に半歩後ずさった。
——ドMゴリラのくせにそっちの気もあるのか!? まさか……
「あぁん? 中がぐちゃぐちゃだったからきれいにしてやってたんだろうが?」セラは首を傾げ、怪訝そうに眉をひそめた。
「中がぐちゃぐちゃって……」頬が一気に熱くなる。私は膝をぴたりと閉じ、セラからさらに距離を取った。
——何が!? どう!? ぐちゃぐちゃだったって!?
「何か勘違いしてねぇか? お前が闘気を無茶な使い方して体の中の気門がふさがってたから直してたんだろうがよ」セラは目を細め、私の頭からつま先までじろりと眺めた。
「キモン?」私は瞬きを繰り返した。
——キモン……
「気門だよ。闘気の通り道だ。不慣れなくせに爆発させて使うから詰まったり広がったりしているのをアタイが闘気を循環させて直したんだよ。ったく無茶な暴れ方しやがって」セラはこめかみを指先で掻きながら、重たそうに肩を落とした。
「そ、そうだったんですね……でも、なんで裸になる必要が……?」私は胸を押さえていた手を離し、今度は疑うように目を細めた。
「あぁん? アタイは基本寝るときは裸だよ」セラは腰に手を当て、堂々と胸を張った。
「ほう? 私までなぜ脱がせた?」私は顎を引き、セラへ刺すような視線を向けた。
「熱が出て汗だくだったんだよ。オメェ40℃近く熱が出て死にそうだったんだぞ?」セラは私の額を人差し指で小突いた。
「そ、そうだったんですか……」私は額を撫でて、長く息を吐いた。
——変なことはなかったのか……
「フリードが体の傷や熱を治療して、アタイが抱きしめて気門を治してやってたからな」セラは眠たそうに首筋を揉んだ。
「……今何と?」息が止まった。私は首だけをぎこちなくセラへ向ける。
「フリードが治療したって言ったんだよ? それがどうかしたか」セラは眉を上げ、きょとんと私を見返した。
「ぎ……ぎゃーーーー!」私はスクリームした。家中に響き渡るような大声が出た。
——裸を見られた! イケメン狂人に! お嫁にいけない……!
「朝っぱらからうるせぇな。別に全部見られたわけじゃねぇよ」セラは顔をしかめ、片方の耳を指で塞いだ。
「ほ、本当ですか!?」私はぱっと顔を上げ、セラとの距離を一気に詰めた。
「途中から目ぇ逸らしてたからな」セラは面倒くさそうに鼻の頭を掻いた。
「見られてんじゃねぇかよぉおお!」私は頭を抱えて天井を仰いだ。
「そんなことより立ち上がって闘気が使えるか確認してみな」セラは私の絶叫を手のひらで追い払うように振った。
「そんなことって!」私は勢いよく振り返り、両手を広げてセラへ詰め寄った。
「いいからさっさとしろよ、アタイだって徹夜でねみーんだよ。ほら、手を握ってみろ」セラは大きなあくびを噛み殺す。目尻に浮かんだ涙を指の背で拭い、そのまま私へ手を差し出した。
「徹夜……」伸ばされた手へ向かいかけた私の指が止まった。
改めてセラの顔を見る。まぶたは重たそうに腫れ、その下には濃いクマが浮かんでいた。いつもの鋭い眼光にも力がない。
私は唇を少し噛んだ。
おそるおそる手を伸ばし、セラの大きな手を握った。
体の奥が熱くなり、紫色の光が滲み出した。
「よし、大丈夫そうだな。前に教えたコツで闘気は抑えておけよ」
セラは握っていた手を離すと、今度こそ限界とばかりに布団へ倒れ込んだ。頭まで布団を引っ張り上げる。
数秒もしないうちに、大きないびきが聞こえてきた。
「……ありがとうございます」私は眠るセラへ小さく頭を下げた。
胸元に手を当て集中する。体からあふれる紫の光が消えた。
——前より、調整がしやすい気がする……
しばらくそのままセラの寝顔を見つめていたが、ふと時計へ視線を移す。
秒針の音だけがやけに大きく耳に届いた。
「…………」
もう一度見る。
私は時計を両手で掴んだ。
「やばっ! 会社!」
慌ててズボンに足を突っ込む。片足で跳ねながら鞄を引っ掴み、眠っているセラを起こさないよう最後だけそっと扉を閉めた。
——
私は会社に着くとエントランスで見覚えのある二人に声をかけられる。
「ツッコ、ちょっと今日はトレーニングに付き合ってくれよい」
リーベがスポーツウェア姿で黒髪ツインテールを揺らしていた。
その後ろにからはのっそりとスクワライドが姿を現した。




