第26話「瞬撃の拳闘士にEランク昇格試験会場に送ってもらったらしゅごしゅぎた話」
私は金髪をたなびかせながら、弾丸のように走り抜けるゴリラこと、セラ・ブラストの背中にしがみついていた。
——ひぃい! 速すぎるんだよ! 気を抜けば振り落とされちゃう!
私は両手両足をセラのたくましい体に巻き付ける。初めてのだいしゅきホールドだ。何から何まで不本意である。
「なあ、ツッコ! Eランク試験の会場はコボルトの洞窟でいいんだよな!?」セラは正面を見据えて、まっすぐに駆けている。
「う、うん! ランク昇格は一つ上のダンジョンでうけるから……」私はセラの後方からおなかを押しつぶさんばかりにしがみついている。腹筋が固すぎて、はじかれそうになりながら。こんなに乗り心地の悪いタクシーも初めてであった。
「そうかい……もう少し飛ばすからしっかりつかまってな! アタイの腰ひもにでも手を括り付けとくんだな!」セラの体が沈み、体からにじみ出る青白い光が、深い蒼に変わる。
「え! ちょっ! まっ!」私はセラのベルトに手を突っ込んだ。ガッチガチの太ももに手が触れた。
「おい! テメェ! どさくさに紛れてどこ触ってんだ! 今集中してんだから変なことするんじゃねえよ……」セラは後ろを振り向いた。
「ふ、不可抗力です! 不可抗力! それより前見て! 前!」私は車を抜き去る速度で走るゴリラのベルトを左手でつかんだ。右手は手綱を切るがごとく黄金のポニーテールを引っ張るが、ゴリラの首は強いです。これまたカッチカチで微動だにしません。
「そういうことは順序ってもんがあるだろ……別に、テメェのことは嫌いじゃないからさ……」セラは頬を赤らめる。
「あとでキスくらいならいいぜ?」セラは唇に指を添えた。
「うるせぇ! 今はそれどころじゃねーだろ! どんなアタマしてんだよ! 前見ろ! 前! トラック来てんだろ!」私は片腕だけだが全力でセラの頬を正面に向くように押した。
——車! 来てる! 目の前! 異世界転生しちゃうぅううう!
「あん?」セラは顔を正面を向けると全身から蒼いオーラがほとばしる。
「こんなもんでびびってんじゃねぇよ、情けねぇ」セラはトラックに向かう。両腕を広げ、喜々として。
「な! なんで逆に突っ込むんだよぉおお! よけろ! よけろくださいぃいいい!」私はセラの背中に顔をうずめ、目を閉じた。
——なんで! 逆に! 突っ込むんだよ! 私は空を飛べるスキルが欲しいです! 神様!
「おらよぉォッ!」
ぶつかったと思ったその時、一瞬の静寂が訪れる。
一秒、二秒、三秒ほど経ったか。ものすごい衝撃音が響く。
「な! 何?」私は首だけ後ろに向ける。視線の先にはトラックがふらつきながらも走り抜けていくのが見えた。
「ねぇ! 何が起こったの!?」私はトラックの行く末を見守ろうかと思ったが、落ちてしまいそうなのでやめて、だいしゅきホールド2ndシーズンに移った。
「あん? 見てなかったのかよ。邪魔だからすくい上げただけだろ」セラは両手を前にして、手のひらを上に向け、振り上げるような動きをした。
「すくい……上げる? 投げたの?」私は首を傾げた。
——トラックすくい? そんな、金魚みたいな……私、死んじゃったのかな?
「ああ、ぶん投げた。これくらい楽勝だろ?」セラは走りながら親指を立てる。親指の向こう側に新幹線が並走しているように見えた。
——うーん。新幹線は時速300㎞くらいだよな。うん。私やっぱり死んでるな。それか夢だな。
私は右手で頬をつねる。痛かった。
「痛い」私はセラにしがみついた。だいしゅきホールド第三幕である。
「さて、そろそろつくぜ?」セラは顎を前に少しだけ上げた。
「え!? もう? 普通2時間くらいかかるんだけど」私は遠くに見えるコボルトの洞窟の入り口を目でとらえた。
「へ……アタイをなめるんじゃねぇよ。伊達に瞬撃なんて二つ名持ってねえよ!」セラはさらに加速する。どんどん入り口は近づいていく。
「なんか、見直しました。ただのドMだと思ってたんで」私はセラの肩に顔を寄せた。
「し、失礼なこと言うんじゃねぇよ! アタイを何だと思ってるんだ!」セラは前を向いたまま抗議した。
「そんなこと言えないです。今は頼りになるお姉さん……だと思ってます」私はセラの背中に顔を押し付けた。
——エスルスも、フリードも、ゴリラ……セラもなんだかんだで助けてくれるんだよな。ちょっと泣きそう。
「へ! お姉さんか、悪くねぇな!」
セラはラストスパートといわんばかりに腕を振った。
それが合図であったかのようにセラの全身を包んでいる蒼いオーラは霧散した。
セラはつんのめり前に倒れると、まるで冬季オリンピックのスケルトンのように地面をこすり、削り、えぐりながら前に滑っていく。
「ああああああぁぁッ♡ 何この刺激ィッ♡ しゅごいぃぃぃぃ♡ しゅごしゅぎるぅううう♡」
汚い嬌声を上げながら、地面を滑空するセラ。しがみ付く私。
セラは洞窟の前で止まる。腰だけが震えている。表情は土に埋もれて見えない。
私はセラの背中を押すように、体をゆっくりと起こす。
体に着いた土埃を払い、両腕、両足を見てケガがないことを確認する。
小さく息を吐き、セラを見下ろすとこうつぶやいた。
「おめぇはやっぱり金髪ポニードМゴリラだよ」




