第16話「限界配信者の父が狂人に稽古をつけた話」 2/3
俺が覚えているのは壁際に追い詰められ、左肩から血を流していた時だった。
『ツッコちゃぁああん! 逃げても何もならないよぉ!? 覚悟を決めたらどうなんだぁい?』目の前の男は黒と蒼の剣で地面を削りながらゆっくりと近づいてきた。
俺は、状況がつかめなかった。右手には俺の包丁、小さなバッグを小脇に抱えていた。
徐々に近づいてくる男。見覚えがある。
『さあ! ボクがエスルス様と本気で戦うために君には役に立ってもらうよ、覚悟はできたかぁい?」
男は剣を振りかぶった。
俺は、その剣を包丁で受け止める。
——エスルス? ツッコ? どういうことだ? ここはどこだ? こいつは……
男は目を見開くと、頬をゆがませた。
『ツッコちゃぁあん! 剣はニガテだって言ったのに今のを受け止めるのかぁい?』
男は蒼い剣を何度も片手で振るう。打ち下ろし、切り上げ、袈裟切り、横なぎ、突き。
様々な角度から繰り出される攻撃を俺は小さな体で受け止め続けた。
剣の勢いにはじかれ、壁にぶつかった。
——体の力が入らねぇな。どうなってんだこりゃ? 手もちいせぇし……ツッコの体なのか?
『なんだぁい!? かなりすごいじゃないかぁい! ボクも楽しくなってきたなぁ。ツッコちゃんもそうじゃないかぁい?』
男は、ニタニタと笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。
——ああ、こいつはあれか。剣士を目指してたフリードって泣き虫坊主だな。どうやったらこんなに歪んじまうんだよ……
『フリード、おめぇ、さっきからうるせえよ。性根をたたき直してやる』
俺は小さく目をつむる。大きく息を吸い、吐いた。三度ほど繰り返す。
目を見開き、フリードをにらむ。
全身をとらえるように、その先を見据えて。
視界に白い線が走る。
——いける。諜理の極意は使えそうだな。
『ツッコちゃぁん? それは何だい? 急に雰囲気が変わったし、目が白く光ってる。どういうことだぁい?』フリードは首をかしげていた。
『俺が聞きてえよ。だが、こんな体でもガキンチョにやられるほど俺はかわいくねぇぜ? 泣き虫坊主よ、前みたいにちょっち稽古つけてやるからかかってこい』
俺は、包丁の切っ先をゆっくりとフリードに向けた。
「稽古をつける? 泣き虫坊主? あなたは何をいってるんですか?」
フリードの顔から笑みが消え、端正な顔立ちを見せる。
『ああ? 俺は宮國通だ。おめぇは育ての親を忘れちまうのか?』
「トオル……? トオル・ミヤグニ……」フリードは顔を左手で覆った。
指の隙間から目を見開き、上下に頭を振り始める。
『トオル……トオル、トオル、トオル、トオルトオルトオルトオルトオルッ! トォーーーオォーーールぅーーーーッ!』
フリードは両手を広げ、天井を見上げていた。
『はぁーっはっはっはっはーーッ! トオルなのですか? ボクが、ボクが剣を目指し、剣を愛し、剣を嫌悪するきっかけをくれたトオルなのですか!?』
フリードは後ろにのけぞると、勢いをつけて俺の顔を見つめてきた。
『フリード、おめぇ、うるせぇよ……剣を嫌悪するって誰がうまいこといえっつったよ。っつか、好きになれよ。そこは』
俺は左手で頬をかいた。
『好きですって!? 好きになんかなるものか、剣の道は険しく、清く、美しいのですから!?』
フリードは自身の胸の前で腕を交差させると身震いしている。
『話が通じねぇな。仕方ねぇ。胸を貸してやるからかかって来いよ』
俺はフリードに向けた包丁の切っ先を上下に振った。
『ボクを昔のままのボクと思わないことですよぉ!? トオルゥッ!』
フリードは双剣を握ると俺に向かって振り下ろしてきた。
白い二本の線が俺の胸に伸びている。
俺はその線をよけるようにゆっくりと横にずれた。
地面に剣がぶつかり、甲高い金属音が響く。
俺はフリードの脇腹を包丁の柄で小突く。
フリードはびくともしなかった。
『なんですか? その撫でるような攻撃はぁ!? トオルゥッ! そんなものでボクを倒せるとおもってるのかぁい!?』
——チッ……この体だと力が弱すぎるな……少し、負担がかかるがやるしかねぇか……そもそも使えるのか?
俺は、少し中腰になり、地面を踏みしめる。
包丁の切っ先を地面に向ける。
周囲の空気が揺れ始める。体の底から熱があふれる。
体を紫色の光が包み込んでいく。腕を、指先を、膝を、足を。
全身を光が包み込む。
——ツッコの体も悪くねぇな。跳理の極意が使えるたぁ……
俺は足を上げ、地面を踏んだ。踏み抜いた。
『すまねぇな、ちょっと力の使い方を間違ってたみたいだ。来い。今度こそ遊んでやる』俺は体から力を抜くと、ゆっくりと右半身を前にしてフリードの方を向いた。




