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第2話「食欲の魔女を豚の生姜焼きで天に昇らせた話」1/4

 私は食欲の魔女エスルスを連れて自宅に向かって歩いていた。


 人気の少ない最寄り駅から徒歩20分。辺りは街灯もなく、見渡す限りの畑! 田んぼ! 竹林!


 会社からはドアtoドアで2時間弱という非常に通いづらい立地条件だ。泣ける!


「ずいぶん辺鄙(へんぴ)なところまで来るんだね……キミの家はまだ遠いのかい?」エスルスは周囲をきょろきょろしながらついてきていた。


「あー……もう少しです。すんません。ちょっと特殊な家なんでびっくりするかもです」私は脱力系チューハイ『パワーヌル』をキメてフワフワする頭を揺らしていた。


「そうかい……早くしてもらえると嬉しいんだけど……」エスルスが足と腰を震わせもじもじとしていた。


「あと数分ですけど……なんかありました?」私はエスルスの腰の動きを見逃さなかった。


 ――この動き、もしや……


「いや……そのね……一応これでもボクもレディなのでね……恥ずかしいんだが……」紫のディアンドルに身を包む銀髪の美女は目を潤ませていた。


 エスルスは少し覚悟をしたようにつぶやいた。


「トイレに……行きたいんだ……さっき一気飲みしたからちょっとね……」エスルスは自分の手の中で指をからませていた。


「えーっと……」私は少し空を見上げた。満天の星がきれいだった。


「そのへんですりゃーいーんじゃないっすか? 人、いないし」私は田んぼを指さした。


「な!? キ……キミはボクの尊厳を何だと思ってるんだい!?」エスルスは顔を真っ赤にして大きく口を開いた。


「いやー……道端で叫んだり、変なポーズするくらいだから外で放尿くらい平気かと……」私は頬をかいた。


「そんなわけないだろう!? 失礼な娘だな! ボクはこれでも元の世界では賢者としてあがめられていたんだ……」


 エスルスの顔の赤らみが引き、軽い雰囲気が消えた。


「食を極める中でいろいろ情報を得ていたからね……」


 エスルスの微笑みが、すっと消えた。


 静かな暗い顔をしていた。


「恐怖……」エスルスは私の頬を撫でた。


 自然と冷や汗が出た。


「畏怖……」エスルスは顔を近づけた。


 目が黒ずんでいた。


 宵闇のような深い深い黒だった。


「あくなき渇望の象徴と言われてたんだからねぇ……?」


 エスルスはすべてを見透かすような眼で私を見てきた。


 私は息をのんだ。


 数十分前の「マーヴェラスッ!」な面影はなく、


 深淵をのぞき込むような、


 いや、

 

 深淵の奥からのぞき込まれるような本能的な恐怖が身を包んだ。


 自然と体が震えた、喉が渇き、思うように声が出ない。


 ――なにこれ……これが……魔女……だとでもいうの……? この人……ほんとに何者なの?


 二人の間に静寂が訪れた。


 静寂はしばらく続いた。


「ぐぅ~~~~~~~~っ!」


 あくなき渇望を体現をするような、


 食欲の象徴ともいえるような大きな腹の虫が聞こえた。


「おや? 虫の音かなぁ?」エスルスは鈴虫が鳴く田んぼを眺めていた。


「んなわけねーだろ……お前の腹の虫だ、腹の虫」私は生まれつきの三白眼を細め、ジトっとした目で睨んでいた。


「ああ……お腹もすいたし、それ以上に決壊寸前だ……早く家に案内しておくれよ」エスルスは生まれたての小鹿のように足を振るわせていた。


「ちょっと―! さっきの(くだり)マジでいらなかったから! 急ぐよ!」私はエスルスの手を持って走った。


「あ……! 急に走らないでくれるかな! ボクも必死なんだから!」エスルスは腰を後ろに突き出しながら走っていた。


「この時間から洗濯マークの入ってない尿の染みた民族衣装を手洗いさせられるかもしれない私の方が必死だよォオオオーーー!」私は全力で走った。


 ――全くなんだこいつは! ポンコツなのか、すごみがあるのか、奇々怪々なのか、わけわかんないの拾っちゃったよ! どうしよう! 動画配信や借金の件もあるっていうのに!?


「……」私は無心で走った。


 ――でも、ま~いっか~! 明日のことは明日考えよう~!


 私は深夜0時過ぎの中、一日にいろいろありすぎて知能指数がヌルになっていた。


 月明かりが、満面の笑みで全力疾走する私と、腰を震わせながら半泣きで私の手を握ってついてくる美女……赤紫色のディアンドルに身を包み、銀髪を揺らす奇女を照らしていた。


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