第1話「食欲の魔女をストロングなチューハイでマーヴェラスさせた話」2/3
最寄り駅についた。時刻は23時30分。私は祖父の家を遺産でもらった関係で郊外に大きな屋敷を持っている。土地もあるが田舎なので固定資産税もかからない。管理が大変だ。
通勤に時間がかかるのが玉に瑕だが、最低限の環境は整っている。
帰り際、私はコンビニに立ち寄り、一番の友達『パワーヌル』を買った。今日はシークワーサー味と、パイナップル味の二本だ。もちろんロング缶だ。
安価でありながらアルコール度数が高く、いやなことがあったときに私を夢の世界に飛ばしてくれる相棒だ。
いつもの帰り道、歩道橋の手前でプシュッと小気味のいい音を立てながら缶を開けた。
腰に手を当て空を仰ぎ、一気に半分ほど飲み干した。
キンキンに冷えた甘い炭酸が喉を通る。
ゴクゴクゴクッと嚥下した瞬間、
一気に全身が目が覚めるような刺激が走る。
「ぷはーっ! 労働のあとはやっぱりこれだぁ! 飛ぶぜぇ……」
歩道橋を上る。歩道橋の中央に来たときに下を覗いてみた。
大型のトラックや、タクシーが走っていた。
――ああ、ここから飛び降りたらセクシー配信しなくてもいいかな……いや、落ちたら楽になるかな、なんて……そんなことを、本気で考え始めてる自分が、一番やばいよな……
気付いたら手すりに手をかけていた。
右足が橋の外側に半分出ていた。
体も乗り出そうとしたときに声をかけられた。
「キミはそこで何をしてるんだい?」
私は声の方を見た。そこには銀髪の女性がいた。
その女性は、どこか浮世離れした妖艶な美しさを湛えていた。
星明かりのような艶やかな銀灰色の長髪は、精緻な編み込みに深紅の花を添え、冷ややかなほどに洗練された美しさを放つ。だがその切れ長の瞳には、知性と紙一重の底知れぬ飢餓感が宿り、口元には獲物を品定めするような不敵な笑みが常に浮かんでいた。
身に纏うのは、ゴシック調の赤紫色のディアンドルだ。黒い刺繍が施されたボディスで細く絞られたウエスト、その下に重なる繊細なフリル、そして肩には夜の闇を纏ったかのような漆黒の外套が羽織られている。伝統的な可憐さと、どこか血の香りを孕む退廃的な妖艶さが同居するその姿には周囲を戦慄させる底知れぬ胡散臭さがあった。
「え……あ……いや……何か吸い込まれるように……飛び降りたら異世界に行ける気がして……って私何やってんだ!?」私はあわてて歩道橋に足を下ろした。
――危ない! 私どうかしてた……声かけられなかったら落ちてたよ……
「大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど……」その女性は私の目の前まで来て見下ろしていた。
「え……ああ、大丈夫です。すみません。変なところ見せちゃって」私はふらふらと立ち上がった。
「何か悩みでもあるのかな? 私でよければ話を聞くけど……」女性は不敵な笑みを浮かべていた。善意というよりも噂話が気になるという類の表情だった。
「ええっと……ちょっと会社でイヤなことがあって……どうしたらいいかわからなくて……これを飲みながら帰ってたら気持ちよくなってつい……」私はパワーヌルの缶を女性に見せた。
「おや……それはこの世界のお酒か何かかな? 一口もらってもいいかな?」女性は缶を眺めながら目を爛々とさせていた。
「ええっと……この世界っていうのはどういう意味ですか? 貴方は何者ですか?」私は少し距離を取った。周囲を見回した。他に誰もいなかった。
――何? この人……格好もそうだけどやばい人なの!? どうしよう?
「ああ……自己紹介が遅れたね。失礼したよ」女性はエプロンスカートの裾を優雅に摘まみ、芝居がかった挨拶を披露した。
「ボクの名前はエスルス・トゥルナリン……ボクは何より食べることが命を懸けるくらい好きでね、ある者は畏怖を込めて『食の求道者』、またある者は『すべてを食らう飽くなき食欲』、『食欲の魔女』と呼ぶ。……なぜかわからないが気付いたらこの歩道橋にいてね……お腹が空いて困っているんだ……だから……」エスルスは体を起こすと私を見つめた。
「そのお酒をボクに一口くれないかな?」エスルスは、私が手に持っている、パワーヌルの缶を見つめていた。




