第90話「いけ好かない経理女に対して不本意ながら全面同意した話」
私は眉をひそめ、ヨウシャールを見上げていた。
「マジで人材不足なんじゃない? この会社」
私はケーネに目線を送った。
「でも、ヨウシャールさんは優秀だよ。今はなぜか経理をやっているけど、配信の指導を受けたこともあるよ」
ケーネはヨウシャールに視線を向け、感心したように頷いた。
「え……本当に配信者としてSクラスなの? ドSのSかと思ったけど」
私はヨウシャールの顔をじっと見つめ、首をかしげた。
「あらあら、ひどい言われようね……」
ヨウシャールは桃色の髪を撫でた。
「でも、あながち間違いではないわ? 私はセクシー配信部門でクイーンと呼ばれていたこともあるから」
ヨウシャールは口元に手を当てると、目を細めた。
「おい、こいつマジでナニモンだよ」
私はケーネの耳に顔を近づけ、小声でつぶやいた。
「私に聞かないでよ」
ケーネはひそひそと返事をした。
「あらあら、与太話に時間を使うのはそこまでよ。Aランク昇格試験の概要は知っているかしら?」
ヨウシャールはワンピースの裾を撫でた。
「知ってますよ。ダンジョンの奥にいるボスを倒しゃーいいんでしょ?」
私は包丁を肩に担ぎ、面倒くさそうに答えた。
「あらあら、さすがのあなたもそれくらいはわかっているのね? 偉いわ」
ヨウシャールは幼い子を褒めるように、ゆっくりと拍手した。
「へいへい、ありがとうごぜーます」
私はわざとらしく頭を下げた。
「あらあら、珍しく褒めたというのに……ほんとにイヤな子ね。まあいいわ。とりあえずダンジョンの奥まで行きましょうか。ついてきなさい」
ヨウシャールはスタスタと奥へ歩き出した。
周囲ではマグマがボコボコと沸き立ち、煙を上げている。
それでもワンピースにハイヒール姿のヨウシャールは、うっすらと桃色の闘気をまとったまま平然と歩いていた。
――なんなんだよ。こいつは……。
「ツッコ? 置いていかれるよ?」
ケーネは身体の周囲に薄深緑色の闘気の膜を張りながら、ヨウシャールの後を追った。
「ああ。わかってる」
私は『食実剛健』という文字が刻まれた包丁を握り込んだ。
――五感を使って、料理をするイメージ……私はキッチンでチャーハンを作ってる……。
鼻から息を吸い、耳を澄ます。
身体の周囲に紫色の闘気が渦巻き始めた。
私はケーネの後を追った。
「もう安定して出せるようになったね」
ケーネが振り返り、私の身体を包む紫色の闘気を見つめた。
「コックコートの魔闘具のおかげだよ。あれ、闘気運用間違えると大惨事になるからね」
私は苦笑いを浮かべ、包丁を握り直した。
「うん……初めて見た時びっくりした」
ケーネは頬を引きつらせた。
「あー。思い出さないで。つらくなるから」
私は片手で額を押さえ、首を横に振った。
脳裏に浮かぶのは、フリードのガンギマった笑顔と地獄のような特訓の日々。
——思い出すだけで胃が痛くなる。しかも、コックコートはあんなことになるし。
「あらあら、ファイアリザードが出てきたみたいね。お手並み拝見といこうかしら」
ヨウシャールの声に、私は顔を上げた。
岩陰から赤黒い鱗に覆われたファイアリザードが姿を現した。
「ツッコ、ここは私が」
ケーネが一歩前へ出て、右手をかざした。
掌から薄深緑色の光が溢れ、蒼い輝きへと変わる。
冷気が走った。
次の瞬間、ファイアリザードは牙をむき出しにしたまま氷の中に閉じ込められていた。
「……はやっ」
私は氷漬けになったファイアリザードとケーネを交互に見つめた。
「あらあら、すごいわ。氷の魔闘具に目覚めたとは聞いていたけど、魔闘具を発動させずに魔法も使えるのね」
ヨウシャールは小さく手を叩いた。
「フリードさんに散々しごかれましたからね……」
ケーネはかざしていた手を下ろし、遠い目をした。
「あらあら、それは……」
ヨウシャールは一瞬言葉を詰まらせた。
「大変だったわね。あの男は顔はいいけど、加減というものを知らないから」
「不本意だけど、それには全面同意ですよ」
私は深いため息をつき、肩を落とした。
「あらあら、私もあなたと同意見なんて不本意よ」
ヨウシャールは肩をすくめ、再び歩き出した。
三人でしばらく洞窟の奥へ進む。
やがて視界が大きく開けた。
目の前には巨大なマグマだまりが広がり、その奥では真っ赤な溶岩が滝のように流れ落ちていた。
「あらあら、こんなに順調に着くとは思わなかったわ。試験は一人ずつ挑んでもらうわ」
ヨウシャールはマグマの滝を背に、両手を広げた。
「え、ボス級モンスターを倒すんですよね? どっちかが倒したら終わっちゃうんじゃないんですか?」
私はケーネと顔を見合わせ、ヨウシャールに問いかけた。
「あらあら、何も知らないのね? ここのボスは倒しても三十分後には生き返るわ」
ヨウシャールは指を一本立て、何でもないことのように答えた。
「そんな都合のいいことがあるんすか?」
私は眉をひそめ、マグマだまりの奥へ目を向けた。
「あらあら、むしろ逆よ。すぐに復活するからこういう試験内容なのよ?」
ヨウシャールは溶岩の滝の上を見上げた。
「ほら、話をしてたら早速やってきたわよ?」
その瞬間、巨大な影が私たちの頭上を横切った。
「え?」
熱風が吹き抜け、私の髪が大きく揺れた。
バサッ。
重い羽音が洞窟内に響く。
私はゆっくりと顔を上げた。
「キィィィィーンッ」
甲高い鳴き声が洞窟全体を震わせた。
溶岩の滝の上に、真っ赤に燃え盛る翼を広げた巨大な大鷲がいた。
羽ばたくたびに無数の火の粉が舞い散り、灼熱の風が私たちへ吹き付ける。
「うわっ……!」
私は片腕で顔を覆った。
隣ではケーネが杖を握りしめている。
ヨウシャールだけは薄く笑ったまま、大鷲を見上げていた。
炎の大鷲は大きく翼を広げると、鋭い眼光を私とケーネへ向けた。




