第89話「漆黒の聖騎士のいつもの表情にスイカ女と一緒に息を飲んだ話」
「あ! え!? ごめんなさい」
私が手を止めると、蒼紫色の闘気が霧散して、フリードが地面に向かって落ちた。
フリードは地面に両手をつくと、その反動で後方へ跳び、華麗に着地して髪をかき上げた。
「だ、大丈夫ですか?」
ケーネがフリードに駆け寄った。
「ああ、大丈夫だよ。それよりもツッコちゃんの魔闘具は興味深いね」
フリードは近寄ってきたケーネに微笑みかけると、私の方に近づいてきた。
「自分でも何をやったのかよくわからないんですけど」
私はヒビの入ったスマートフォンをポケットに入れると、自分の両手を見つめ、何度か握ったり開いたりしてみた。
「闘気を伸ばして物に触れることができる。闘気の強化と制御に長けているようだね。しかも僕を空中で回すほどの密度だ」
フリードは指をくるくると回した。
「それって何かいいことがあるんですか?」
私は首をかしげ、フリードの顔を見上げた。
「闘気を放出するのに向いているんだよ。セラみたいにね」
フリードは私の肩に手を置き、穏やかに微笑んだ。
「え? セラって近距離で鈍器で殴りそうな見た目なのに?」
私は金髪ポニーテールの筋肉ゴリラを思い浮かべ、眉をひそめた。
「ツッコ、それは誤解だよ。初めて即オチに会った時、即オチが使った即オチ全力砲も闘気を放出する技だっただろう?」
ポケットからエスルスの声が響いた。ポケットからスマートフォンを取り出した。
「ああ、あれか。エスルスが守ってくれたから忘れてた。あれってそんなにすごいの?」
私はヒビの入った画面を覗き込んだ。
「何言ってるんだい。ボクの暴食の深淵がなければあの辺一帯が消し飛んでいたよ?」
エスルスはワイプ画面の中で胸を張り、得意げに鼻を鳴らした。
「いずれにせよ、Aランク昇格試験までの残り数日、魔闘具と闘気を体に慣れさせるのに使おう」
フリードは私とケーネを交互に見つめ、力強く頷いた。
「わ、私も一緒にいいですか!?」
ケーネは魔闘具の杖を握りしめていた。
「もちろんだとも」
フリードは下を向いた。
『ああ……二人が魔闘具に目覚めたから厳しくしても大丈夫そうで安心したんだぁい』
私とケーネはガンギマる漆黒の聖騎士の表情に息を飲んだ。
――ああ、終わった。私たちの平穏な日々が。
そこからAランク昇格試験までの間に、私とケーネは何度死にそうになったか覚えていない。
――――
数日後。
私とケーネは、再び『灼熱の炎獄洞』の前に立っていた。
今日は訓練ではない。
Aランク昇格試験の本番だ。
洞窟の奥から流れてくる熱気が、私たちの頬をなでていた。
「ケーネ、生きてる? 私は生きてる」
私は小さくサムズアップした。
「ツッコ、私も生きてる。でも、ガンギマリはもうイヤダ」
ケーネはサムズダウンした。
「あらあら……年頃の女性が二人でよれよれの情けない姿でどうしたのかしら」
なまめかしい声が灼熱の洞窟の入口に響いた。
「何でお前がここにいるんだよ、ヨウシャール……!」
私は聞き覚えのある嫌な声に眉をひそめた。
「あらあら、何でってそんなこともわからないの……? 怖いわ」
ヨウシャールは体をくねくねと揺らし、口元に手を添えて薄く笑った。
「また嫌がらせでもしに来たんすか? ああん? ケンカなら買うぞ」
私はヨウシャールを睨みつけ、拳を握りしめた。
「ツッコ、ダメ。ヨウシャールさんは元Sランク配信者だよ? ケンカ売っていい相手じゃないって」
ケーネは背筋を伸ばした。
胸が強調されていた。
「ケーネ? お前も私にケンカ売ってんのか?」
私はケーネの胸をジトッと睨みつけた。
「あらあら、胸も小さければ器も小さいのね? 怖いわ」
ヨウシャールは胸を挟むように両手を組んだ。
「……で、マジで何の用なんですか? ヨウシャールさん」
私は眉間にしわを寄せ、ヨウシャールを見上げた。
「あらあら、まだわからないの?」
ヨウシャールは楽しそうに目を細め、ゆっくりと両手を広げた。
「今日の試験監督は私よ」
ヨウシャールは桃色の瞳を輝かせ、私を見下ろしていた。




