第88話「漆黒の聖騎士がヴァイオレットルネイドグッドガイになった話」
私は自分の体をよじり、映像に映る自分のコックコートを確認していた。
真っ白な半袖のコックコート。
カメラが背中を映し出すと、そこには大きく「食実剛健」の文字が金色で刺繍されていた。
「な! ちょっとこれは恥ずかしいんだけど……」
私は背中を隠そうと体をひねったが、配信カメラは容赦なく追いかけてきた。
「まあ、いいじゃないか。トオルの言葉を刻んだ魔闘具とはうらやましいくらいだよ」
エスルスはワイプ画面の中で頬を膨らませた。
「それより魔闘具の能力が気になるところだけど、ツッコちゃん何か変化はないかい?」
フリードは腕を組み、右手を顎に当てていた。
「えー……暑さは感じないけど」
私はオレンジ色に輝くマグマを見つめていた。
「闘気を出してみてもらえるかな? 全身を包むように」
フリードは私のコックコートに視線を向け、変化を見逃すまいと目を細めた。
「え、闘気ですか? わかりました」
私は息を整え、全身に意識を向けた。
体から闘気が吹き上がる感じがしない。
「あれ……出ない?」
私は自分の手のひらや腕を見つめた。
うっすらと紫色の光が見えた。
「ツッコさん、コックコート……色が変わってますよ?」
背後からケーネの驚く声が聞こえた。
「色?」
私はスマートフォンをつかみ、配信画面を見つめた。
そこには紫色のコックコートに身を包む私が映っていた。
「あ! ほんとだ」
私が声を上げた瞬間。
スマートフォンにヒビが入った。
「え!? 何これ! 力加減ができない!」
私は手を振ってスマートフォンを地面に落としてしまった。
フリードは腰をかがめ、スマートフォンを拾い上げた。
「ツッコちゃん、闘気がほとんど出てないのに出力が上がってるね……」
フリードはスマートフォンを私に差し出した。
「これ、触ると壊れちゃいますよね」
私は差し出されたスマートフォンを見つめ、思わず手を引っ込めた。
「コックコートが出たときのことを思い出してみるといいよ」
フリードはスマートフォンを私の手のひらに乗せると、その手を両手で優しく包み込んだ。
「え……あ……はい……」
私は顔を真っ赤にしながら目をギュッとつぶった。
――えーっと! キッチン! 炎! 何だっけ!?
私の脳内はパニック状態であった。
無自覚なイケメンは罪である。
――そう! 炎のコントロール。調理のときと同じように五感で制御する感じで……
私は周囲の音に耳を澄ました。
匂いを嗅ぎ、触覚に神経をとがらせた。
手に添えられているイケメンの指に意識を奪われた。
――あ……フリードって意外と指先が滑らか。質感もすごく良くてすべすべしてる。そのくせ力強いってどういうことなの……
私は首を横にぶんぶんと振った。
――いかんいかん! 心を乱されるな。深呼吸だ。思い出せ。ラマーズ式ひぇひぇ呼吸を……
私はクソ上司の顔を思い出し、落ち着きを取り戻した。
不快感も少し感じた。
改めて大きく息を吐いて……吸った。
――アルマジロやチーズフォンデュはイメージとして悪くなかったけど、しっくり来てなかったんだよな。
私は調理中の工程を思い出しながら、ゆっくりと手を動かしてみた。
鍋を振る動き。
炎の中を食材を通す動き。
腕を振り、鍋をあおって食材を回転させる。
――うん。やっぱりこれだ。力のコントロールをしながら動くイメージ。
「ツッコさん……すごい。それ、どうやってるんですか?」
私はケーネの声に目を開いた。
自分の腕を見て、思わず目を見開いた。
「ツッコちゃん、これはさすがに僕でも反応に困るからやめてくれるかな?」
フリードが蒼紫色の闘気に包まれ、私の鍋をあおるような動きに合わせてぐるぐると回転していた。
ヴァイオレットルネイドグッドガイであった。




