第87話「限界OLが前門のガンギマリ、後門のガンギマリ状態になった話」 2/2
私はフレアリザードの中でさらに闘気を厚くした。
——熱い……? いや、暑い。
じっとしていると、闘気の膜が熱を遮り始めた。
——あれ? サウナみたいな感じだな、これ。悪くないな。
次の瞬間——。
ズガンッ!
凄まじい衝撃が私の身体を襲った。
「うわっ!」
身体が激しく揺さぶられる。
何かが裂けるような鈍い音が、すぐ近くから響いた。
「ツッコさん! 今冷やします! 大丈夫ですか!?」
ケーネの声が聞こえた。
次の瞬間、周囲が薄深緑色の光で明るくなる。
サウナのようだった暑さが急速に和らいでいった。
「おぉ……涼しい……」
私は力を抜き、闘気を少し弱めた。
「ケーネさん、ありがとう。もう大丈夫……って、あれ? 動けないぞ?」
私の周囲は真っ暗だった。
両手両足を動かそうとするが、何か硬いものに阻まれて動かない。
「ふ……んッ!」
私は周囲を押し広げるように、全身へ闘気を込めた。
バリッ!
硬い何かが割れる鈍い音が響く。
光が差し込んだ。
「ぷはっ!」
私は身体を起こした。
「よかった! ツッコさん……マグマで溶けちゃったかと思いました」
ケーネは目に涙を浮かべていた。
杖を握る両手も小刻みに震えている。
私は周囲へ視線を送った。
後方には腹を大きく裂かれたフレアリザードが横たわっていた。
その近くでは、フリードが黒剣に付いた汚れを布で拭き取っている。
「ツッコ。全く君は成長しないな。気を抜くからそういうことになるんだ」
エスルスのため息交じりの声が聞こえた。
——私は死にかけたってのになんだよ、その言い草は。
「でも無事でよかった。ボクもさすがにヒヤッとしたよ……って、聞いてるのかい? ツッコ」
私は拳を握りしめていた。
エスルスが何かを言った気がしたが、頭に入ってこなかった。
「ツッコちゃんはまだまだだけど、ケーネさんは魔闘具の力を完璧に扱えてるね。初めてとは思えないくらいだ。すごい才能だよ」
フリードはガンギマリから戻り、ケーネに優しい目を向けていた。
——私はまだフリードからちゃんと教わってないんだよ?
私は地面へ視線を落とした。
唇を噛み締める。
——それなのに……どうせ私は才能のないピグミーマーモセットだよ……。
「ツッコさん? 気を落とさないでくださいね? 私なんかでもすぐにできるようになったんだから、ツッコさんならすぐですよ?」
ケーネが私へ近づき、前のめりになって顔を覗き込んだ。
胸元が大きく開き、谷間がこれでもかというほど強調されていた。
私はわなわなと震え始めた。
——なんだ? 上から目線で慰めてるつもりか?
私はケーネの胸元を見上げた。
——乳がでかいからって、この世は自分の物ってか?
私の中で怒りの炎が渦巻いた。
——ああ、イライラする。
歯を食いしばる。
——嫉妬か……嫉妬だろうな。全くSHITだよ、こんちくしょう。フリードも、エスルスも、こんなダメな私に愛想を尽かすのかな。
私は拳を握りしめ、地面を踏みしめた。
——これまでも一人でやってきたんだ。みんなに愛想を尽かされて、一人に戻ったって平気……。
そこまで考えた瞬間、胸の奥が冷たくなった。
ケーネさんも、エスルスも、セラも、フリードも、シェリーさんもいない。
誰も座っていない、静かな食卓。
——嫌だ。
誰か一人でも欠けるのは嫌だ。
いつの間にか、みんなは今の私にとって、なくてはならない仲間になっていた。
——私は何を張り合ってるんだ。
もう一度、大きく息を吐いた。
頭の中に、みんなが集まるいつものキッチンが浮かんだ。
炎。
鍋。
食材。
——料理の時には炎を操ってるじゃないか。
私は自分のカバンを拾い上げた。
中へ手を入れ、一本の包丁を取り出す。
刃には『食実剛健』の文字が刻まれていた。
私は柄を強く握りしめた。
——落ち着け……炎は勢いだけじゃない。
火力を上げる。
弱める。
鍋の中を見る。
音を聞く。
匂いを嗅ぐ。
——五感でコントロールするんだ。
その瞬間だった。
包丁を握る手元から、金色の光が溢れ出した。
「ツッコ……? それは何だい?」
エスルスの口から感嘆の声が漏れた。
「ツッコちゃん、まさか……」
フリードも目を見開いていた。
ガンギマってはいなかった。
「ツッコさんも?」
ケーネが口元に手を当てた。
金色の光が私の身体を包み込む。
「え……?」
まぶしさに目を細めた。
光が収まる。
私は自分の右手を見つめた。
そこにあったはずの包丁がなくなっていた。
「……どこいった?」
私は慌てて自分の身体を見回した。
何かがおかしい。
服の感触がいつもと違う。
私は地面に置かれた配信用のスマートフォンを拾い、画面に映る自分の姿を確認した。
「……は?」
画面の中。
そこにはなぜか——。
真新しいコックコートに身を包む私が映っていた。




