第86話「スイカ女のカロリーは脳以外の場所に集まっていた話」
私はライトアップされたフリードの顔に見とれそうになるのを我慢しながら、トカゲの氷像とケーネを交互に見つめていた。
ケーネは、先端に大きな青い宝石が付いた杖を握りしめていた。
「ケーネさん。魔法使いなんですか?」
ケーネの握る杖を指さした。
「えーっと……そうみたいなんですけど。そうではなくて」
ケーネは困ったように眉を下げた。
「ん? どういうことですか?」
私は口を開いたまま氷漬けになっているトカゲの顔を見つめた。
——この惨状を作っておいてやけに歯切れが悪いな……
「ああ。ケーネさんは魔闘具に目覚めたんだよ」
フリードはケーネの手元へ視線を落とした。
「魔闘具に?」
私がフリードへ視線を向けると、ケーネの方から淡い深緑色の光が広がった。
ケーネの握っていた杖が、その光に包まれていた。
杖を包む光が徐々に小さくなり、ケーネの手の中に一枚のドッグタグが残った。
「そうなんです。たくさんのファイアリザードに襲われてもうダメだと思ったら……」
ケーネがドッグタグを握りしめた。
「頭が痛くなって目の前が真っ白になって気づいたら杖を握ってました」
ケーネは胸元のドッグタグに目を落とし、不思議そうに指先で表面をなぞった。
「フリードがいたのにそんなに危ない状態になったの?」
私は思わずフリードに詰め寄り、その顔を見上げた。
「彼女の実力を見たかったからね。剣はからっきしだったけど魔力の扱いは素晴らしかった」
フリードは切っ先が溶けたロングソードを拾い上げるとケーネに渡した。
「フリードさんが私の力を信じてくれたから魔闘具が使えるようになりました。ありがとうございます」
ケーネが頬を赤らめ深々とお辞儀をした。
「おやぁ?」
私は首をひねった。じっとりとケーネの顔と胸もとを見つめた。
——ガンギマリが人を信じて剣を振らせる? いやいやいやいや、絶対にない。さてはこの乳女チョロいな? 脳みそに必要な糖分がすべて乳に集まってるに違いないな? やれやれ、困った女だ。
「それで、ツッコちゃんはここまで来れたっていうことは闘気運用はばっちりかな?」
フリードが急に私の方を振り返った。
「おや、ケガをしているね」
フリードは私の前に膝をつくと足首に手を添えた。オレンジ色の光が周囲を照らすと私のやけどがみるみると治っていった。
「あ……ありがとうございます。ちょっとまだうまくできなくて」
私はうつむき、フリードの様子を見つめた。周囲がオレンジ色に光っていなければ私の顔が赤いのがばれていただろう。
「実践あるのみだよ……」
フリードは立ち上がると私を見下ろした。
『ツッコちゃんも命の危機に陥れば魔闘具に目覚めるかもしれないんじゃないかぁい?』
見下ろした目は安定のガンギマリであった。
——あ、だめだ。やっぱりこいつの修行は命がいくつあっても足りない。
『この先にまだファイアリザードがいるはずだからねぇ。そのナイフで倒せるか試してみないかぁい?』
フリードは私の手をつかむとずるずると引きずり始めた。
「ちょ! フリードさん!? 私まだ闘気運用がうまくできないって!」
私はフリードの手をつかんで引きはがそうとした。
『いいじゃないかぁい! 多少痛い目に遭うくらいがちょうどいいんだぁい。人は必死になるからねぇ』
ガンギマリは聞く耳を持たなかった。私の方を振り返ることもなく、赤く輝く洞窟の奥に向かい歩みを進めた。
私はフリードに引きずられながら、巨大な尖った岩が立ち並ぶ開けた場所へ出た。
後ろからケーネが走って追いかけてくる。
「ちょっと! いい加減に二人でいちゃつくのはやめてください! 不潔です!」
ケーネは両手を振っていた。
「これのどこがイチャついてるように見えるんだよ! お前、頭大丈夫か!? 乳にカロリー持ってかれすぎてんじゃないのか?」
私はフリードに握られている手をぶんぶんと振り、引きはがした。
「あ! ひどい! 私、この邪魔な胸のこと気にしているのに!」
ケーネは両腕で胸を抱え込み、頬を膨らませた。
「邪魔!? 邪魔なら半分よこせよ!」
私は自分の胸元に手を当て、ケーネの胸を恨めしそうに睨んだ。
「なんてこと言うんですか。ふざけないで……ってツッコさん後ろ!」
ケーネは私の背後を指さした。
「あぁん? なんだってんだ……よ?」
『おやおや、ツッコちゃぁん、キミは本当に持ってるね。惚れ惚れするんだぁい』
フリードが両目を爛々とガンギマらせ、舌なめずりをした。
私の背後には、口元から赤橙色のマグマを垂らし、二つに割れた太い舌で舌なめずりをする巨大なファイアリザードが立っていた。
溶岩の光を反射した両目が、爛々と私を見つめていた。




