第85話「漆黒の聖騎士の端正な顔が幻想的に輝いていた話」
私は赤いトカゲの方に向き直り、ナイフを手に取って構えた。
紫色の闘気が全身を包み込む。
「ファイアリザード! 確かこいつって……」
ファイアリザードが大きく口を開いた。
口の奥がオレンジ色に輝く。
「ツッコ、来るよ! そいつの倒し方は前に教えた通りだよ!」
配信画面の隅に映るワイプから、エスルスの声が聞こえた。
私は地面を蹴って横へ飛び込み、そのまま地面を転がった。
ゴオッ!
私が立っていた場所を炎が舐めるように広がった。
炎が消えると、地面は黒く煤け、うっすらと煙が立ち上っていた。
「よく避けたね。でも、あまり転がり回ると危ないよ」
ワイプ画面からエスルスの呑気な声だけが聞こえてくる。
「わかってる! とりあえず倒してから考える!」
私は右手に構えたナイフへ闘気を込めた。
バチバチッ!
紫色の光が刃を包み、薄暗い洞窟を照らした。
——熱い! 早く倒さないときつい!
地面を蹴る。
一気にファイアリザードとの距離を詰め、ナイフを振り下ろした。
ガギンッ!
硬質な音が洞窟内に響く。
体表を覆う黒い鱗がナイフを弾いた。
「硬い! やっぱこれじゃあ無理か!」
私は後方へ飛び、距離を取った。
スクワライドしか勝たん子:ツッコちゃんの攻撃が通らないじゃない。
名無しさんB:ファイアリザードの体表は鉱石を含む溶岩が固まったみたいな鱗だからな。相当硬いぞ。
名無しさんC:闘気運用もヘタそうなのに勝てるのか……?
ツッコラーB:ツッコちゃんなら大丈夫なはずだ。
名無しさんA:まあ、今までもなんとかしてるからな。そこは期待してる。
「がむしゃらにやっても無駄だよ? 教えた通りやるしかないさ」
ワイプ画面からエスルスの声が聞こえた。
「わかってるよ! でも熱い!」
私はナイフを構えたまま、右腕に集中していた闘気を一度落ち着かせた。
大きく息を吐く。
全身へ意識を向けた。
——チーズフォンデュアルマジロ……。
身体の表面を覆うように、紫色の闘気をゆっくりと張り巡らせていく。
薄い膜が腕から肩、胸、腰、脚へと広がった。
肌を焼くようだった熱気が、わずかに遠ざかる。
——動かなきゃできる。熱さもない。でも……。
ファイアリザードが身体をこちらへ向けた。
大きく口を開く。
口の奥が先ほどよりも強く赤く輝いた。
「ツッコ、今度のはさっきより大きいよ」
エスルスの声がワイプから響く。
「見りゃわかるっ!」
ファイアリザードの口から炎の塊が吐き出された。
「うわっ!」
私は横へ転がった。
身体を覆っていた紫色の膜が揺らぐ。
ドンッ!
炎の塊が地面へ激突した。
洞窟全体が小さく揺れ、私が立っていた場所が大きくえぐれる。
穴の周囲では砕けた岩が赤く熱せられ、バチバチと火花を散らしていた。
「熱っ!」
爆発の衝撃で、近くを流れていた溶岩が跳ねた。
赤く輝く飛沫が私の右足へ飛んでくる。
「うわっ!」
右足を覆っていた闘気の膜が、転がった拍子に薄くなっていた。
そこへ溶岩の飛沫が付着する。
「アッツぅ!」
私は慌てて右足を振り、付着した溶岩を払い落とした。
ジュッ、と嫌な音を立てながら赤い飛沫が地面へ落ちる。
私は息を切らしながら右足を見つめた。
——やっぱりだ。
止まっているときは膜を維持できる。
でも、避けようと身体を動かした瞬間、闘気が乱れる。
右足だけじゃなく、肩や腰の周りを覆っていた紫色の膜も、ところどころ薄くなっていた。
「ほら、チャンスだよ。ツッコ」
ワイプ画面の向こうから、エスルスの声だけが聞こえてきた。
ファイアリザードが低く身体を沈め、再びこちらを睨みつけている。
体表の鱗が浮き上がり、その隙間から白い湯気が噴き出していた。
「わかってるっての!」
私は地面を蹴り、ファイアリザードへ飛びかかった。
湯気が噴き出す鱗の隙間へナイフを突き立てる。
手首を返し、一気に切り裂いた。
「ギャアアッ!」
ファイアリザードは悲鳴を上げると、ドサリと地面に倒れた。
赤い舌をだらりと伸ばしたまま、動かなくなる。
「お見事。課題は多いけど、とりあえずファイアリザードは倒せたようだね」
ワイプ画面の向こうから、エスルスがパチパチと手を叩く音が聞こえた。
「何とかね……でも、これじゃあダメだよ」
私はその場に座り込み、大きく息を吐いた。
もう一度、全身に闘気の膜を広げる。
紫色の闘気を身体の周囲へ循環させながら、ゆっくりと立ち上がった。
足。
腰。
肩。
身体を動かすたびに、ところどころ膜が薄くなる。
——何かコツがあるのかな……。
私は薄くなった膜をゆっくりと修復しながら、洞窟の奥へ歩き出した。
進むにつれ、溶岩の赤い光が少しずつ遠ざかっていく。
やがて周囲は薄暗くなり、足元の岩さえ見えにくくなった。
——あれ?
私は足を止めた。
——おかしいな。ほかのところよりも涼しい気がする。
「なかなか上手になったね。ケーネさん」
暗い洞窟の奥から、フリードの声が響いた。
「フリード?」
私は壁に手をつきながら、声のする方へ歩いていく。
「ん?」
右肩にひんやりと冷たい空気を感じた。
続いて左の太もも。
膜が薄くなっている場所だけ、周囲の冷たさが直接肌へ伝わってくる。
——なるほど……薄いところって、こうやって分かるんだ。
私は自分の身体を見下ろしながら、さらに奥へ進んだ。
少し先に淡い深緑色の光が見えた。
その光を目印に歩いていくと、やがて開けた場所へ出た。
「え……?」
私は思わず足を止めた。
薄い深緑色に輝くケーネが立っていた。
ケーネの身体の周囲には、深緑色の闘気の膜が絶え間なく渦巻いている。
途切れることなく、身体全体を包み込むように流れ続けていた。
その隣では、複数のファイアリザードが氷像となって並んでいた。
透き通った氷の表面が、ケーネの深緑色の光を反射している。
反射した光が、氷像のそばに立つフリードの端正な顔を幻想的に照らしていた。




