第84話「漆黒の聖騎士をSクラス廃人者と罵ったらマヌケは自分だった話」
フリードは右手を伸ばし、人差し指を立てた。
身体の周りを渦巻いていたチョコレートが、フリードの指先へ集まっていく。
細い帯だったチョコレートは次第に一つにまとまり、大きな茶色い球となった。
フリードは床に転がっていた片手鍋を拾い上げると、その中へ茶色い球をそっと落とした。
「え! なにそれ! すごっ!」
私は片手鍋とフリードの指先を交互に見つめ、思わず身を乗り出した。
「だから言ったデス。おにぃは闘気を動かすのがうまいデスゥ!」
シェリーさんは得意げに胸を張り、フリードを見上げた。
「おにぃ……ツッコさんはまだ闘気をうまく扱えないデス! 教えてあげてほしいデス」
シェリーさんはフリードの服の裾をつまみ、上目遣いでお願いした。
「わかってるよ。まだ動けないみたいだからね。明日、ケーネちゃんと三人で訓練することになったんだ」
フリードはシェリーさんの頭に手を置き、優しく撫でた。
「ケーネさんもデスか? それはありがたいデスゥ! おにぃなら安心デス!」
シェリーさんは嬉しそうに両手を上げ、その場でぴょんぴょんと跳ねた。
私はシェリーさんが無邪気に跳ねる姿を見つめていた。
――シェリーさんと一緒のときはいいお兄さんなんだよな……ただのイケメンになるから困る!
「とりあえずご飯を食べたら、ゆっくり休むんだよ? 明日は実践訓練だからね……」
フリードは赤黒いDIEソーセージをフォークに刺すと、チーズをたっぷり絡めた。
ゆっくりと口へ運び、咀嚼する。
フリードの目が見開かれた。
安定のガンギマリである。
フリードが何かを叫んでいたが、私はバナナを串に刺し、チョコレートをつけるとシェリーさんの口へ運んだ。
――しばらくフリードのことを気にするのはやめよう。疲れるだけだ。
私は頬を緩ませる幼女に見とれながら、チーズフォンデュとチョコレートフォンデュを満喫した。
――――
次の日の朝。
私は『灼熱の炎獄洞』の前に立っていた。
洞窟の入口からは熱気が流れ出し、周囲の空気をゆらゆらと揺らしている。
「ケーネさんも、フリードも遅いなぁ……」
私は腕時計を見つめた。
十時の約束のはずだが、十時十五分になっていた。
――時間にルーズな方々で困りますなぁ。配信でもするかな。
私は配信機器を立ち上げ、カメラの画面を見つめた。
「はーい、『ツッコのダンジョン配信脱力解説講座、飯テロもあるよ』始めますよー。今日は十時の約束なのに予定をすっぽかしてるSクラス廃人者の文句でも言いながら、ダンジョンの紹介をしたいと思います」
私はカメラに向かって人差し指を立て、背後にそびえるダンジョンの入口を指し示した。
「やあツッコ、遅い配信開始だね。何かあったのかい?」
エスルスがワイプ画面に現れた。
「遅い? ああ、ごめん。フリードとケーネさんが来ないから待ってたんだ」
私は腕時計を指さし、呆れたように肩をすくめた。
「ふむ? おかしいな。一時間ほど前にフリードから、ツッコが来ないと連絡があったんだけどね」
エスルスは首をかしげた。
「え、どういうこと?」
私は眉をひそめ、ワイプ画面に顔を近づけた。
「予定時刻の十時になっても来ないと言っていたよ? ボクはツッコのことだから、道の雑草でも抜いて食べてるんだろうと伝えたら、二人とも納得していたよ」
エスルスは悪びれる様子もなく、得意げに胸を張った。
「おい、お前何言ってるんだ。いや、いろいろ言いたいことあるんだけど。十時になっても来てないのは二人……」
私はスマートフォンの画面を見つめた。
時計を見て目を疑った。
十一時二十分。
もう一度見た。
十一時二十分。
腕時計に目を落とした。
十時二十分。
スマートフォン。
十一時二十分。
腕時計。
十時二十分。
私は無言で二つの時計を交互に見つめた。
――腕時計の時間がずれてやがる。フフフ。ごめんね。フリード、ケーネさん。
「どうしたんだい? ツッコ」
エスルスは画面の向こうから、私の顔を覗き込むように身を乗り出した。
「どうやら間抜けは私の方だったみたいだよ。とりあえず二人は何してるかわかる?」
私は額に手を当て、大きくため息をついた。
「先に中に行くと言っていたよ。環境に身体を慣らすと言っていたから、その辺にいるんじゃないかな」
「そっか。私も追いかけるよ」
私は洞窟の中へ向かって歩き出した。
配信用のカメラがゆっくりと私を追いかける。
洞窟に足を踏み入れると、むわっとした熱気が全身を包み込んだ。
岩肌はところどころ赤く染まり、奥からは溶岩が流れる低い音が響いていた。
「やっぱり熱いなぁ……」
私は額の汗をぬぐいながら、オレンジ色に輝く溶岩を見つめた。
「修行の成果を試すといいよ」
エスルスはワイプ画面の中で頬杖をつき、面白そうに私を眺めていた。
「ちゃんとできるかわかんないけどね。ちょっとやってみる」
私は脇を締め、身体を縮こまらせた。
――できることから試してみよう……アルマジロとチーズフォンデュだよな……。
身体の周りに紫色の闘気がにじみ出し、薄い膜となって全身を覆っていく。
「悪くないねぇ。闘気の膜ができているよ」
エスルスは感心したようにうなずいた。
私は両手を眺めた。
確かに膜はできている。
――これを、ねじってたんだよな。螺旋……。
私は腕の周りを包む闘気を意識し、ゆっくりと回転させるイメージを浮かべた。
私の腕の周りで、紫色の膜が回り始める。
「お……?」
そのまま腕を振ってみた。
腕の周りを回る闘気の渦は消えなかった。
――いけるか? もしかして私って天才?
「ツッコ、それじゃあダメだよ。腕以外が薄くなってる」
「へ?」
私はエスルスの言葉を聞き、足元を見つめた。
つま先を覆っていた紫色の闘気が、今にも消えそうなほど薄くなっている。
「エスルス、これ、どうすればいい?」
私は配信カメラを見つめた。
「ボクに聞かないでおくれよ」
「ああ、そうかい……自分で頑張るよ」
私は昨日のフリードの姿を思い出した。
チョコレートルネイドグッドガイ。
身体の周りを螺旋状に走るチョコレート。
――腕じゃなくて、全身を包む感じか。
大きく息を吐く。
もう一度、全身を覆う闘気へ意識を向けた。
――回れ……腕だけじゃない。全身を……。
紫色の闘気が腕から肩へ。
肩から背中へ。
背中から腰へと、螺旋を描きながら広がっていく。
「おっ! いい感じ!」
腰まで流れた。
その瞬間だった。
肩の周りを流れていた闘気がぐにゃりと乱れた。
「……あれ?」
肩の乱れが背中へ伝わる。
背中から腰へ。
次の瞬間——。
パンッ!
全身を包んでいた闘気の膜が弾け飛んだ。
「アッツぅーーッ!」
熱気が一気に肌へ押し寄せる。
私は慌てて脇を締め、身体を縮こまらせた。
再び薄い紫色の膜が全身を覆い、どうにか熱さが和らいだ。
――全然ダメじゃん! どうしようこれ。
「おやおや、ツッコ。何をやってるんだい? さっきの方がまだましじゃないか」
エスルスはワイプ画面の中で肩を揺らし、笑っていた。
「煽るだけなら黙ってろ。食欲だけの魔女」
私はカメラに向かって顔をしかめた。
「し、失礼だな! これから言うボクのありがたい金言に感謝するがいいさ!」
「はいはい、言ってろ言ってろ」
「後ろ、ファイアリザードが君のことを狙っているよ?」
「え?」
私は後ろを振り向いた。
そこには、口を半開きにした真っ赤なトカゲがいた。
赤い二股に分かれた舌をチロチロと揺らしながら、私の方をじっと見つめている。
溶岩の照り返しを受けた鱗が、炎のようにぎらりと光った。




