第81話「食欲の魔女がチーズフォンデュのせいで伸腕伸身開脚倒立十字懸垂静止をキメた話」 3/4
エスルスはわなわなと震えていた。
『早く! 早くするんだよぉ! ボクはもう待ちきれないぞぉ!』
エスルスは両手を広げ、右足を振り上げると床を踏んだ。家が大きく揺れた。
「わ、わかったよ! すぐ準備するから家壊さないでよ? セラもその電気鍋持ってきてくれる?」
私はチーズソースの入った鍋を片手に、顎でクイッとガラス棚を示した。
「これでいいのか?」
セラはキッチンのガラス棚を開けると、電気鍋を取り出して調理台に置いた。
「うん、シェリーさんとフリードは、その野菜とソーセージを運んでくれる?」
私は電気鍋にチーズソースをトロリトロリと木べらで移し入れる。
「分かったデス!」
シェリーさんが元気よく返事をすると、フリードに野菜の皿を渡し、シェリーさん自身はソーセージの入った皿を持ち上げた。
「ん? これは何デス?」
シェリーさんは小さく首をかしげると、ウルトラブリリアントポークのソーセージの横にある赤黒いブツを見つめていた。
「あ! それはシェリーさんはダメです。フリードさんのです!」
私は慌ててシェリーさんに声をかけながら、流し台に片手鍋を置いてお湯につけた。
「変なの……デス! でも、ツッコさんがそう言うならいいデス!」
シェリーさんはじっとブツを見つめたあと、お皿を持って居間に続く廊下の方へ小走りで駆けていった。
居間に着くと電気鍋のスイッチを入れる。しばらくすると、チーズソースがふつふつと小さな泡を立て始めた。
三種のチーズが溶け合った芳しい香りが広がった。
なお、シェリーさんも食べるので、白ワインはチーズを加える前にしっかり加熱してアルコールを飛ばしてある。抜かりはない。
「さあ! みんな食べよう!」
私は両手を合わせた。
「「「いただきます」」」
皆の声がそろって響いた。
『Versenk sie im weißen Meerァァアッ!!(真っ白な海に沈めるんだよぉおおッ!!)』
エスルスは袖をまくり上げながらフォークをつかむと、ウルトラブリリアントポークのソーセージをザクッ! と刺し、チーズソースの中へダイブさせた。
とろーりとチーズが糸を引く。
エスルスが腕をひねってソーセージを回すと、伸びたチーズがくるくると表面にまとわりついた。
そのまま一気に口へ運び、頬張った。
もしゃもしゃと咀嚼する。
私はその様子をじっと見つめていた。
——今の動きは……? チーズフォンデュをひねる? 螺旋?
エスルサーA:来るぞ……
エスルサーB:期待の瞬間……
ケセラセラ:え? 何かあるの?
ガンギマリスト:そんなことより、フリード様は? 今日はガンギマライズはあるの?
エスルスはゆっくりと椅子から立ち上がると、よろよろと廊下に向かって歩き出した。
「エスルス?」
私は座卓に手をついて立ち上がると、エスルスの方を見つめた。配信用のカメラはエスルスを追いかけた。
エスルサーBA:この後の展開に胸のトキメキが止まらない!
エスルサーA:刮目せよ!
エスルスは廊下を抜け、中庭に出た。
庭の片隅には、二本の松の木が並んで生えている。幹と幹の間は、大人が両腕を広げれば左右に手が届くほどの間隔だった。
エスルスは二本の松の木の間に立つと、ギラリと漆黒の目を光らせた。
『パリィッ! と弾ける皮! 芳醇な香りと濃厚な肉汁あふれるソーセージ! 淡い黄色のチーズが絡むことでオレンジ色のソーセージの輝きが増すゥッ!』
そして、両腕を真横に伸ばし、それぞれの幹に指をかけた。
次の瞬間、エスルスは両脚を後方に振り上げた。左右の松の幹をつかんだまま、身体が逆さまになる。
ピンと伸びた両脚が空へ向かって一直線にそびえ立つ。肘も膝も一切曲がっていない、見事な倒立だった。
「な、何やってんの!?」
私の声など聞こえていないのか、エスルスは倒立したまま、ゆっくりと両脚を左右に開いた。
百八十度。
「ちょっと! ディアンドルが!」
エスルスのスカートが重力に引かれてめくれ落ちた。しかし、逆光でシルエットしか見えなかった。
エスルスは開脚した姿勢を維持したまま、ゆっくりと腰を折り曲げた。
左右に開いた両脚が大きな弧を描いて下がっていく。
やがて上体を起こしながら両脚を閉じると、爪先が地面に触れる寸前で動きを止めた。
ぐぐぐっ。
エスルスの指が松の幹に食い込む。
両腕は肩の高さで一直線。肘を伸ばしたまま、身体を垂直に保っている。爪先は地面につくことなく、わずかに浮いていた。
『Genau wie das Kreuz des Südensゥゥゥウウウッ!(まさに南十字星のようだよぉ! ツッコぉオオオ!)』
エスルスは得意げに叫ぶと、十字の姿勢のままピタリと静止した。
私はその光景を呆然と眺めていた。
――いやいやいや! 何やってるの? エスルス? エスルス??
エスルサーG:伸腕伸身開脚倒立からの十字懸垂静止!? 腕の力どうなってる!
スクワライドしか勝たん子:え、なにそれ? すごいの?
エスルサーG:とりあえずものすごく腕の力がいる技だと。あんな華奢な体でキメるとは……
エスルサーA:エスルス様を常識で図るな。愚か者め。
エスルサーB:そうだぞ。
「食欲の魔女のくせにやるじゃねぇか。アタイもやってみるか?」
セラが腕をぶんぶんと回し始めた。
「おい、金髪ゴリラ、お前は参戦するな。またゴリランカーになる未来が見える」
私はセラの金髪ポニーテールを引いた。
「ちぇ。なんだよ。とりあえず部屋に戻ってチーズフォンデュ食べようぜ」
セラは踵を返し、家の入口へ向かった。




