第79話「漆黒の聖騎士のアーンでお金を稼げて炎上した話」
私はケーネが胸元で何かを握りしめているのを凝視していた。今回はデビルフルーツを見ているわけでは断じてない。うん。違うんだぞ。
「ケーネ、記憶がないっていうのはどういうこと?」
ケーネは私の言葉にビクッと体を震わせた。
「そ……それは……」
ケーネは胸元の何かを、指先が白くなるほど握りしめた。
「大丈夫、怖がらなくていいよ」
フリードは胸元で震えるケーネの手に自分の手を重ねた。
「すみません、フリードさん。初めてなのに迷惑ばかりかけて」
ケーネは申し訳なさそうに目を伏せたが、フリードの手を振りほどこうとはしなかった。
「迷惑だなんて思わないよ。僕にも記憶が曖昧なところがあるからね。同じようなものさ」
フリードは天井を見上げた。
「僕も経理のヨウシャールさんに出会う前の記憶は、ある人と戦ったところで途切れているんだ。なぜこの国にいるのかも知らないんだよ」
フリードは首に下げた黒色の十字架をケーネと同じように握りしめていた。
「そうなんですか……私の場合はこの国に来る前の記憶がなくて、これしか自分に関する手がかりがないんです」
ケーネは首の後ろへ両手を回し、ネックレスの留め具を外した。
胸元から、小さな金属板のついたネックレスが現れた。
ケーネはテーブルの上にネックレスをカチャリと置いた。
私は金属板を見つめた。
【KeNe】
ケーネの名前が彫られていた。
「ケーネ、おかしいね、これ」
フリードはケーネのネックレスを手に取ると、金属片をまじまじと見つめていた。
「何がですか?」
ケーネはフリードの手元を覗き込み、不思議そうに首をかしげた。
「Nの斜め線は、文字として彫られたというより、あとからついた傷みたいだよ?」
フリードはケーネの顔の前へ金属片を近づけた。
「本当……ですね」
ケーネは目を細めながら金属片を手に取った。
「じゃあKeIIeですか?
ケイーエ?」
ケーネは指で文字を書きながら口を動かした。
「いや、ケーネさん。多分、小文字のlだよ。Iじゃなくて」
【Kelle】
私はカバンから手帳を出すと文字を書いた。
「ケーレ……が私の名前ですか?」
ケーネは手帳に書かれた文字を指先でなぞり、小声で何度か繰り返した。
「ケーレ……どこかで聞いたような」
私は首をひねった。
——ケーレ、ケーレ……
私はケーネの顔を見つめる。フリードも同じように見つめているようだった。
よく見るとフリードの視線はケーネの耳に向いており、目を見開いていた。普段と違ってガンギマってはいなかった。
私は視線の先を追った。ケーネの耳にはウサギのイヤリングが付いていた。
——ウサギ、ケーレ、ポトフ……あ!!
私は口を大きく開けた。
次の瞬間、フリードがカラアゲを私の目の前に突き出した。
「ツッコちゃん、大きい口を開けてどうしたの? お腹が空いたのかな?」
私は固まった。目の前のカラアゲを一瞥したあと、その向こうにいるフリードの顔を凝視した。
イケメンの人差し指と親指に挟まれたカラアゲが目の前にある。
——これってあれだよな。アーンっていうやつだよな。ラブコメとかである最終奥義的な。
このときの私は、おそらくガンギマっていたことだろう。
「どうしたの? ツッコちゃん、ほら、口を開けて?」
イケメンは小さくフッと息を吐くとさらにカラアゲを私に近づけてきた。
私は鼻息を荒くしながらカラアゲを口に含んだ。
サクリと衣が砕け、甘辛いタレの香りが広がった。
ゆっくりと咀嚼すると、ジューシーな鶏肉の旨味が口いっぱいにあふれる。
——あぁん! イケメンのカラアゲ! アーンでもらったイケメンのカラアゲ! お金が稼げます! アーンでearnできてしまいます!
「どう、美味しいかな? もう少し食べる?」
イケメンからのおかわりカラアゲが迫りくる。
私はその魅力にあらがうことができず、口だけでなく、鼻の穴までおっぴろげていたことだろう。
二口目。
三口目。
咀嚼するたびに口に幸せが広がる。
——うまい……美味すぎる。馬すぎて私は草原があれば駆け抜けてしまいそうだ。すまない牛馬野郎。あの時は倒してしまったが今は同士の気分だ。
「私もカラアゲ欲しいです……」
私のイケメンが着ているTシャツの裾を引っ張りながらスイカ女がおねだりをしていた。
——このスイカ女……いやウシ乳女め。私のイケメンからトリ野郎を取り上げようというのか? 鳥揚げだけに? あぁん!? そのアーンは私のもんだぞ!?
「はい、どうぞ」
イケメンの裏切りだった。
目の前では、ウシ乳女が幸せそうにカラアゲを食べていた。
私は下唇を噛み締めウシ乳女をにらんだ。嫉妬の炎がburnしていた。
「ツッコちゃん、そんな顔せずにとりあえずご飯を食べようか。ケーネちゃんもお腹すいてるみたいだしね?」
カラアゲが唇に触れた。
私は噛み締めていた口を緩め、カラアゲを受け入れると再び咀嚼した。
私たちはもくもくとカラアゲ丼とケーネが買ったコロッケ定食、ポトフを分け合った。
————
私は食事を終え、ティッシュで口を拭いていた。
「ツッコちゃん、少し付き合ってくれるかな?」
フリードは、ケーネが食べ終えたコロッケ定食のトレイを持って立ち上がった。
「あ、私も手伝います」
ケーネが立ち上がろうとした。
「大丈夫だよ。頭が痛かったから休んでいて」
フリードが小さく微笑み、返却口の方に向かった。
私も空になった丼の乗ったトレイを手に持ち、フリードを追いかけた。
返却口にトレイを置きながらフリードが小声で私に話しかけてきた。
「ケーネちゃんはシェリーが言っていたケーレちゃんだと思うよ」
「やっぱりそうですよね……」
私もトレイを返却口のコンベアに乗せた。
「ツッコちゃん、ケーレちゃんには今日は言っちゃダメだよ。また激しい頭痛が起きるかもしれないから」
フリードが私を見下ろした。
「あ……そうか。すみません。危うく言うところでした」
私はお腹の前で手を組んだ。
「言わなくてえらかったね」
フリードは私の頭を撫でた。
「お……おっふ、アリガトゴジャマス……」
私は変な声を漏らしながらイケメンに頭を撫でられ続けていた。




