第76話「限界OLがぶっ倒れて水を欲した話」 1/2
サウナの扉を開けたシェリーさんは、呆然と立ち尽くしていた。
「どうしましたか?」
私こと、ケーネ・シュプフェンはシェリーさんに後ろから声をかけた。
シェリーさんは無言でサウナルームの奥の壁を指さした。
【職員のご家族が利用する場合、中学生以下のご利用はお控えください。】
「え? シェリーさんはおいくつでしたっけ?」
私は口に手を当てた。
「十歳デス。職員のご家族って書いてるデスね……私は職員本人だから、入っても規則違反ではないデスかね……?」
シェリーさんはおずおずと私を見上げた。
「……」
私は言葉に詰まった。
——おそらく子供の健康管理のためのルールなのだろう。シェリーさんは闘気でカバーできそうな気もするけどルールはルール……どうするんだろう?
「何ともならないデスよね……部門長である私がルールを守らないのはみなさんに顔向けできないデスね……」
シェリーさんは肩を落とした。
「私はアルマジロ……チーズフォンデュアルマジロ……」
ツッコさんは後ろでずっと何かをつぶやいている。
——この人、親切に教えてくれたけど、ずっとブツブツ言ってるし、胸ばっかり見てくるし変な人なのかな……気を付けないと。この会社は本当に嫌な人だらけ……
「仕方ないデス。ダンジョンよりは安全デスが、無理は禁物デス。私は外で時間を計るデス。十分ごとに状況を確認するので熱さを感じているか教えてほしいデス」
シェリーさんは大浴場の壁にかかった時計を見上げた。
「わかりました。この状態を維持すればいいですか?」
私は両手を広げ、体を覆う闘気の膜をシェリーさんに見せた。
「そうデス! ツッコさん? 聞いてるデスか?」
シェリーさんはツッコさんの方を向いた。
ツッコさんは相変わらずブツブツ何かをつぶやいている。紫色の闘気の膜が安定している。
——私の闘気より厚くて安定してるな……すごいなぁ……
「……ツッコさん?」
私はツッコさんの顔を覗き込んだ。
「うわ! びっくりした。ケーネさん、どうしました?」
ツッコさんは後ろにのけぞった。同時に紫色の膜が霧散した。
「いえ……中に入りますよ? シェリーさんが入れないので十分ごとに状況を確認することになりました」
私は時計を指さした。
「あ、はい。あ……でもちょっと待ってください」
ツッコさんは目をつむり、少し身を縮めた。
両手両足の先から紫色の闘気がジワリとにじみ出たと思うとドロドロと一気に全身を包み込んだ。
ドロドロした闘気は膜に変わり定着した。
——何、今の? 私のと全然違うんだけど。
私は自分の腕を見つめた。薄い深緑色の膜が張られている。目を凝らしてみると全身を流れるように膜が揺らめいていた。
「多分、大丈夫です。行きましょう」
ツッコさんは身を縮めたまま、じりじりと動いていた。
闘気の膜は安定していた。
サウナルームに入るとツッコさんは一段目に腰かけた。私はツッコさんの前を通り、二段目に腰かけた。
室温は七十度だが、闘気のおかげか熱さを感じない。
「全然大丈夫ですね。ケーネさんはどうですか?」
ツッコさんが背筋を伸ばして座っていた。
「ええ、大丈夫です」
私は胸の前で腕を組んだ。なぜかツッコさんが目を細めて私の胸を覗き込んでいる。
——大きい胸、戦闘に邪魔だから気にしてるのに見ないでほしいな……ツッコさんくらいがうらやましい。
十分が経過した。
私は腕を見つめた。膜がパチパチと音を立てている。
隣を見ると、ツッコさんは目を見開いたまま壁を凝視していた。口元はブツブツと動き続けている。
闘気の膜は安定しているようだった。
——あの厚みでなんでこんなに維持できるの……? すごい。
「大丈夫……そうデスね。ケーネさん、少し乱れ始めてるデス。無理はしないように、熱さを感じたらすぐ出るデス」
シェリーさんが扉を開けて、私たちを一瞥して小さく息を吐くとまた扉を閉めた。
そこからさらに十分が経過した。
「ふぅ……」
私は息を吐いた。闘気の膜を見つめた。バチバチと揺らいでいた。
——暑い。真夏の室内くらいの感覚だ……そろそろ出た方がいいかな。
私は隣のツッコさんの闘気の膜を足先から全身にかけて観察した。
まだ安定している。しかも、指先に行くほど膜が厚い。
「私、先に出ますね」
私は立ち上がり、段差を降りようとした。
立ち上がった拍子に、体を包んでいた闘気が霧散し、一気に熱波が私を襲う。




