第74話「堅牢の殲滅士の稽古でスイカ女にケンカを売られた話」
九時五十五分。私は着替えを終え、演習室の中央でシェリーさんを待っていた。
――絶対、遅刻したらシュートヒムされてしまう……あの人は、やると言ったらやる人だ……。
そこへ、淡い黄緑色の髪をなびかせながら一人の女性が入ってきた。
「おはようございます。私、ケーネ・シュプフェンといいます」
女性は私の前で立ち止まると、小さなウサギのモチーフが付いたイヤリングを揺らしながら声をかけてきた。
「あ、おはようございます。宮國通子です。ツッコって呼んでください」
私は小さく頭を下げた。
「お待たせしたデス。すでに集まっていて感心デス。ケーネさんは初めましてデスね?」
シェリーさんが演習室に入ってきた。ツカツカと私たちの近くまで来ると、ケーネさんを見上げた。
「初めまして! カラシニコフ部門長!」
ケーネさんは顔を引きつらせ、背筋を伸ばしていた。
「そんなに固くならなくていいデス。シェリーさんでいいデス」
シェリーさんが手を差し出した。
ケーネさんがおずおずとその手を握ると、シェリーさんは満面の笑みを浮かべた。
「さて、二人とも! サウナルームに向かうデス!」
シェリーさんは片手を掲げると、演習室の奥にある大浴場へ向かって歩き始めた。
「サウナルーム?」
私は間の抜けた声を漏らし、ケーネさんを見つめた。ケーネさんもこちらを向き、目が合った。
「何するんでしょうね?」
ケーネさんもぽかんと口を開けたままだったが、シェリーさんの小さな背中がどんどん遠ざかっていく。私たちは慌てて二人で追いかけた。
脱衣所に着くと、服を脱ぎ、バスタオルを体に巻いた。
シェリーさんを見下ろすと、彼女はケーネさんの方を見たまま固まっていた。
私もシェリーさんの視線を追い、ケーネさんを見つめた。
――Wow……Watermelon!(スイカ!? あれってスイカなの!?)
驚きのあまり、つい英語が脳内に響いた。
「ちょっと、まじまじと見ないでください。恥ずかしいです……」
ケーネさんは顔を真っ赤にし、体を縮こまらせて胸元を両腕で隠した。ところが、むぎゅっと寄せられた胸が余計に強調されてしまった。
「敗北感しかないな!」
私は対抗するように胸を張った。
――タオルをきつく巻きすぎたかな? なぜか胸が痛いや。
「……バカなことやってないで行くデス。サウナで闘気運用の練習デス」
シェリーさんは自分の胸元を押さえながら脱衣所の扉を開け、大浴場の中を進んでいった。
大浴場を抜け、サウナルームの前まで来ると、シェリーさんは私たちへ振り返った。
「Bランクダンジョンに入るためには、熱さを感じずに動けるようになる必要があるデス!」
シェリーさんは両腕を体の横へ下ろし、目をつむって集中した。
全身が薄緑色に光り、その光は徐々に薄い膜へと姿を変えていく。
「いきなり中に入るのは危険デス。まずはここで、薄い膜を作る練習をするデス。二人ともやってみるデス」
私はシェリーさんの言葉に促され、体に闘気を流した。パチパチと音を立てながら、紫色の闘気が体を覆っていく。
自分の手をじっと見つめる。闘気が体を包むというより、内側から勢いよくにじみ出ているようだった。
私がケーネさんの方を向くと、その体からも薄緑色の光がにじみ出ていた。
しかし、光はチカチカと点滅し、膜になることなく霧散してしまった。
「やっぱりダメですね。どうすればいいんでしょうか。ツッコさんみたいにできないです」
ケーネさんはうなだれた。大きな胸が揺れた。
「いや、私もシェリーさんのとは全然違うので……」
私はシェリーさんを見つめ、もう一度自分の闘気へ目を落とした。
――こいつ、もしかして私にケンカ売ってるのか? その乳で私の心を殴りに来ているのか?
「二人とも、すごく良いデス!」
シェリーさんは手をパチパチと叩いた。
「ケーネさんは、体の奥から闘気をにじみ出させるコツがわかっているデス。流すのではなく、体の内側から全身へ薄くにじませるイメージデス」
シェリーさんが手を下ろすと、全身が緑色に輝いた。
「宮國さんは逆に、流す闘気の扱いがものすごくうまいデス! 全身を包むほどの勢いで流すことは、なかなかできないデス」
シェリーさんは拳にバチバチと闘気を集めると、それを全身へパチパチと広げていった。
「今度は、この二つを同時にやることを意識してほしいデス!」
シェリーさんは左手に闘気をパチパチと集め、右手から薄緑色の光をにじみ出させた。
両手を包み込むように重ね合わせると、その表面が薄い膜に覆われた。
「さあ、まずは宮國さんは闘気を全身からにじみ出させることを、ケーネさんは闘気を全身へ流すことを意識して動かしてみるデス!」
シェリーさんがパンパンと手を叩くと、闘気は霧散した。
「「わかりました」」
大浴場に、私とケーネさんの声が響いた。
私は体の内側から闘気がにじみ出す様子をイメージし、全身に力を込めた。
紫色の闘気が勢いよく吹き上がり、バスタオルがめくれ上がった。
「うええぇ!」
私は慌ててバスタオルを押さえた。
――危ない! セルフ露出するところだった……女ばっかりとはいえ恥ずかしい。
何度試しても、結果は同じだった。闘気が勢いよく噴き出し、そのたびにバスタオルがめくれ上がる。
「はぁ……」
私は小さくため息をついた。
――アルマジロでできたからって、調子に乗っちゃいけないな。
「ん? アルマジロ?」
私はしゃがみ込んで体を丸めてみた。
体の内側から闘気が全身へ薄くにじみ出す様子をイメージし、慎重に操る。
手を見つめると、紫色の薄い膜が肌を覆っていた。
「おお、宮國さん、それは上手デス。一つの塊と捉えて闘気を出すというのは、いい発想デス」
シェリーさんはピンと人差し指を立てた。
「でも、これだと動けないですよ?」
私は丸まったまま、シェリーさんを見上げた。
「それを立った状態や、動いている間もできるようにすればいいデス」
シェリーさんは両手両足を伸ばし、その場で行進するようなポーズを取った。
「これ、難しいですね。ツッコさん、どうやってるんですか?」
私は声のした方を向いた。
ケーネさんが、私の真似をして丸まろうとしゃがみ込んでいた。
だが、丸まれないのには理由があった。胸がつっかえて、体を小さくできないのだ。
「普通に丸まればできるはずですよ? そのスイカを外せばできると思いますよぉ?」
私はわなわなと震えながら、丸まったまま顔に青筋を浮かべていた。




