第73話「堅牢の殲滅士と稽古の約束で指切りげんまんした話」
Bランクダンジョン『灼熱の炎獄洞』に挑戦した翌日、私は普段より早く会社に出勤して、デスクで顔を覆っていた。
「はぁ~……やってしまった。あんな姿を見せることになるなんて」
私は指の隙間から目を出して、部屋の中央にある壁時計を見つめた。
――まだ八時か……じっとしててももやもやするだけだし、体でも動かすかな。
私は袖机からジャージなどが入っているスポーツバッグを取り出すと肩に担ぎ、演習室に向かった。
演習室の扉に社員証をかざそうとしたところ、室内から怒鳴り声が聞こえた。
私は扉を開けず、恐る恐るガラス越しに中を覗き込んだ。
演習場の真ん中でクソ上司が左右に軽快なステップを刻んでいた。
私は足元へ視線をそらし、一度大きく深呼吸をした。
――なんだ? 今のは? ひぇひぇ族の朝の祈りか何かか?
私はもう一度ゆっくりと顔を起こし、扉の先を見た。
変わらずクソ上司は軽快なひぇひぇダンスを披露していた。誰も望んでなどいないのに。
私がしばらくそのダンスを監視していると、クソ上司の右足が不自然に弾かれ、バランスを崩した。
倒れたクソ上司に緑色の無数の弾丸が撃ち込まれ、クソ上司がその衝撃でこちらの方に滑ってきた。
回転ずしのレーンを流れるように、クソ上司は私の目の前の扉まで運搬されてきた。
――すみません。私こんなゲテモノ頼んでいません。
『いつまで寝てるデスか! クソ虫が! お掃除ロボットの真似はイイから早く立つデス!』
地面を揺らすような怒声が響いた。禍々しい闘気を感じる。
私は息を飲んだ。ガラス扉越しに正面を見ると、深緑色に輝く大型のガトリングガンのようなものを持って、顔面に青筋を浮かべ、鬼の形相で震えるシェリーさんがいた。
私はゆっくりとすり足で横へ移動し、ガラス扉の死角に隠れた。
――何あれ……シェリーさんの銃ってもっと小さいライフルみたいなのじゃなかったっけ……
「ひぇひぇ~……昨日から何度も撃ち込まれて足が痛くて立てません……」
クソ上司が体を丸めて震えていた。昨日の私を思い出させる見事なアルマジロ姿で、私に対する精神特攻は抜群だった。
――おい、やめろ、クソ上司。今その姿勢を私に見せるな。
『痛い? 今、痛いって言ったデスか!? 私は体に薄い闘気の膜を張って、攻撃を弾くことができるデス! なんでできないデスか!?』
シェリーさんはガトリングガンを肩に担ぎ、クソ上司に近づいてきた。
「ひぇひぇ! そんな精密な闘気運用はなかなかできるものではありません。ボクには無理です……」
クソ上司は丸まったまま顔を上げた。涙と鼻水まみれだった。私の不快感に拍車がかかった。
『ホゥッ! 先日お前はケーネに何と言ったか覚えてるデスか!?』
シェリーさんはガトリングガンの銃口で、床に丸まるクソ上司を指した。
「ひぇひぇ……気合が足りないといいました……」
クソ上司は鼻をすすり、床に額をこすりつけた。
『そうデス! じゃあ、私が次に何というかわかるデスか?』
シェリーさんは小さく微笑んだ。金色の目がギラリと輝き、笑っていなかった。
「ひぇひぇ……気合が足りない、気合を出せ……?」
クソ上司は震える両手を合わせ、シェリーさんを見上げた。
『その通りデス!』
シェリーさんはジャギッ! という音を立てて銃口をクソ上司に向けた。
「ひぇひぇ! 申し訳ありません。許してください!」
クソ上司は床に頭を押しつけ、両手を前に伸ばした。
『謝る相手が違うデス!』
ガトリングガンの銃口が緑色に光る。シュルシュルと音を立てながら銃身が回転を始めた。
緑色の光が広がる。
ドガガガガガガガガガッ!
銃声が響き、白い煙が上がる。
シェリーさんはガトリングガンを肩に担いで扉を開け、演習場から出てきた。
死角に隠れていた私に気づくと、シェリーさんはにこっとほほ笑んだ。
「宮國社員、いいところにいたデス。この後十時からケーネと一緒に稽古をするんデスが付き合うデスか?」
シェリーさんの小さな体には不釣り合いなガトリングガンを揺らしながら、私を見上げてきた。
「え、ええ……ちょうど体を動かしたかったのでお願いします」
私は顔を引きつらせながら何度もうなずいた。
「じゃあ、十時デス! 約束デス」
シェリーさんが小指を出してきた。
「えっと……こうですか?」
私は小指を出してシェリーさんの指に絡めた。
――指切りげんまんかな……? シェリーさんがわかるの?
「指切りげんま~ん、うっそついた~ら……」
シェリーさんはニコニコと絡めた小指を縦に振る。
『カラシニコフでシュートヒムデスゥ……』
シェリーさんの金色の瞳が光る。
「ゆ~びきった! デス!」
シェリーさんは大きく縦に手を振り、指を離した。
「じゃあ、約束デス!」
シェリーさんは鼻歌交じりにスキップしながら、その場を離れていった。
私は演習場の中をガラス扉越しに覗き込んだ。
クソ上司は、無数の銃痕に囲まれた床の中央で、白目をむいて泡を吹いていた。
「汚ねぇ……」
私は吐き捨てるようにつぶやき、二時間後の約束に向けてその場を後にした。




