第72話「漆黒の聖騎士にアルマジロ状態のままお持ち帰りされた話」
私は次の日、Bランクダンジョン『灼熱の炎獄洞』に電車で向かっていた。
「現状、何ができて何ができないかを確認してみよう」
昨日、エスルスが言っていた言葉だ。確かにその通りだと思い、私は必要な荷物を抱えていた。
カバンの中には大量のスポーツドリンクと冷却材が入っていた。
『灼熱の炎獄洞』は私の自宅から近い。
電車を乗り継いで二十分程度の場所にある、この地域で最も大きな山『大沸山』の崖が崩れてできた溶岩洞だ。
私は緊張でドキドキしていた。
新しいダンジョンに挑戦することもそうだが、修行の一環ということもあって、この男が付いてきていた。
私は荷物が入ったカバンを膝にのせて抱えたまま、右隣を視線だけで見上げた。
そこには背もたれにもたれかかり、眠そうに小さくあくびをするフリードがいた。
Tシャツ、ジーパンのラフスタイル。首には黒、青、グレーの十字架が輝いている。
私はカバンを抱える腕に少し力を込めた。
――イケメンとのお出かけデート……ではないのだが! なんなんだろうこの気持ち!
私はもう一度イケメンを見つめた。
――うーん……かっこいい。でも、こいつの場合はまた別の意味でもドキドキがあるんだよな。
そんなもやもやを抱えながら電車に乗っていたが、あっさりと目的地に着き、私とフリードは灼熱の炎獄洞に向かった。
『灼熱の炎獄洞』の入口からは、息苦しいほどの熱気が流れ出していた。空気が陽炎のように揺らぎ、その奥では溶岩らしき赤橙色の光が瞬いている。照明がなくても、洞窟内は明るかった。
「ツッコちゃん、とりあえず闘気をまとって中に入ってみようか」
フリードは灰色の十字架を手に取った。あふれ出した灰色の霧がフリードを包み、黒色の甲冑へと姿を変えた。
「あ、はい。フリードさん、その鎧で暑くないんですか?」
私はカバンを下ろすと配信機材を取り出し、配信開始ボタンを押した。撮影機器が周囲を撮影し始めた。
「ああ、僕の魔闘具は状態異常の無効化の能力を持っているんだ。だから暑さや寒さも平気なんだよ」
フリードは胸元の甲冑を軽く叩いた。
「状態異常の無効化。便利ですね」
私はPCで映像を確認していた。
ふと手を止めた。
「え? じゃあ何で普段あんなにガンギマってるんですか?」
私はPC画面から顔を上げて、黒色の鎧に包まれたフリードの顔を見上げた。
――イケメンがガンギマリ化する状態異常は無効にならないの?
「ツッコ、あれは状態異常じゃなくて本人としては正常だからだよ」
エスルスの声がPCから聞こえた。身もふたもない救いのない言葉だった。
「僕は剣や辛い食べ物には真摯でありたいですからね。全力で向かい合うんですよ」
フリードは首元へ手を伸ばし、黒い十字架を握り込んだ。
「あ! 今は剣を出さなくて大丈夫です!」
私は立ち上がると、慌てて両手を前に伸ばした。
――こんなダンジョンの近くでガンギマリ化されてたまるか! 私の命の保証がなくなる!
「そうかい? さて、準備ができたならそろそろ行こうか」
フリードは黒い十字架から手を離し、地面に置いてあったスポーツドリンク入りのカバンを持ち上げると、灼熱の炎獄洞の入口に向かっていった。
私は後を追った。
入口に近づくほど熱気が強くなり、目を開けているのもつらくなってきた。
私は思わず目を細め、額に浮かんだ汗を拭った。
「ツッコちゃん、闘気だよ」
フリードは振り返り、小さく微笑んだ。
私はその笑顔に答えるように紫色の闘気を全身へ巡らせた。闘気はパチパチと音を立てながら、薄い膜となって体を覆った。
フリードが私を見つめ、目を細めた。小さく肩をすくめると洞窟の奥に入っていく。
私はフリードの後を追った。
一歩進むたび、全身を覆う紫色の闘気がぶわりと膨らみ、すぐにしぼんだ。
――なんか、前と違うけど大丈夫かな?
灼熱の炎獄洞の中では、動画で見たとおり岩肌の亀裂を赤い溶岩が流れていた。
私たちは十五分ほど洞窟の中を散策した。モンスターに遭うことはなかった。
「熱……くはないですね。これ、うまくできてるんですかね?」
私は自分の腕にまとわりつく紫色の闘気を見つめながら、フリードの背中に声をかけた。
フリードはゆっくりと振り返った。目尻を下げ、その表情にはどこか愁いが滲んでいた。
「ど、どうしたんですか?」
私は息を飲んだ。イケメンはカッコ良かったが、そこではなかった。
「ツッコちゃんにはBランクダンジョンはまだ早いかもしれないね」
フリードはゆっくりと私のもとまで戻り、籠手に包まれた手で私の手を取った。
「ひゃっ! な……何するんですか!?」
私は肩を跳ねさせ、思わずフリードの顔を見上げた。
「ツッコちゃん、手を軽く動かしてごらん?」
フリードは私の手を握ったまま、もう片方の手で小さく左右に振る仕草をした。
「手を動かす? こうですか?」
私は手を左右に振った。パチパチと小さな音を立てていた闘気が、動かすたびにバチバチと音を立て、光が強くなった。
「動くと闘気が安定しないね。これじゃあだめだ」
フリードは私の手からあふれる闘気を、指先でゆっくりとなぞった。
「安定する方法はどうだったか思い出してごらん?」
フリードは私の手を離し、一歩後ろに下がった。
私は呼吸を整えて先日のことを思い出した。
しゃがみ込んで体を丸めてみた。
――私はアルマジロ……真ん丸なアルマジロ。
私の体を包む闘気の音が静かになり、紫色の光が薄く全身を包み込んだ。
「いいね、その調子だ」
フリードはしゃがみ込み、私を覗き込んで小さくうなずいた。
私はゆっくりと立ち上がった。
するとバチバチと闘気が漏れ出し、一部が霧散してしまった。
体に一気に熱が広がり、汗が噴き出た。
私は慌てて再び丸まった。
「あれ? これって動くにはどうしたらいいですか?」
私は膝を抱えたまま顔を上げた。
フリードと目が合った。彼は大きく肩をすくめ、首を左右に振った。
そのまま私の背中と膝裏へ両腕を差し入れ、アルマジロ状態の私を軽々と抱え上げた。
「ちょっと! フリードさん! 下ろしてください!」
私は抗議しようとして体を開いたが、闘気が霧散して汗が止まらなくなった。
慌てて再び膝を抱え込む。
「もう限界だから無理しない方がいい。死んじゃうよ?」
フリードは私を抱え直し、そのまま出口へ向かった。
私はオレンジ色に輝く溶岩洞の中を、イケメンにアルマジロ状態で抱えられたまま運ばれていた。




