第70話「瞬撃の拳闘士がピグミーマーモをセッティングした話」
ブラックアーマーガンギマリスト、略してBAGは、私の全身を包んでいた闘気が霧散するのを見て、大きくため息をついた。
『ツッコちゃぁぁん……なぁんでやめちゃうんだぁい?』
BAGは爛々と輝く目で私を見下ろした。
「いや、お前の顔がガンギマってしまって、イケメンオーラから身を守る必要がなくなったので」
私は立ち上がると三白眼をさらに細め、BAGを凝視した。
——さっきまではイケメンが眩しすぎて、凝視なんかしたら目が焼き切れてたかもしれないのに。今のBAGの目は黒く輝いていて、不快感しかない。不思議だ。
「おいおいツッコ! すげぇじゃねーか!」
セラは私の背中を大きな手のひらでバンバン叩いた。
「ちょっとセラ、痛いよ……」
私は眉をひそめた。
「何言ってんだよ。さっきのができればこれくらい痛くも痒くもねーだろ!」
金髪ゴリラは喜々としてさらに背中を叩く。
何度も何度も叩く。
バンバンという音はドンドンと音を変えた。
「痛い! 痛いって……」
私はゴリラの張り手から逃げるように再びしゃがみ込み、丸まるように体を縮こまらせた。
ゴリラの手は止まらない。
金髪ポニーテールが目の前で上下に跳ねる。
『いいねぇ、いいねぇ! その調子だよ。セラぁ! そのままそのピグミーマーモセットをつぶしちゃうんだぁい!』
BAGはゴリラの放つ音のリズムに合わせてパチパチと手を叩いた。
「いてぇって! 言ってんだろうがぁ! やめろよオマエら! 脳みそバグってんのか!」
私は体を丸めたまま、力を込めて叫んだ。
うっすらと紫色の闘気が体を包み込んだ。
「おお! ツッコ! いい調子じゃねぇか! 耐久力勝負といこうぜぇッ!」
ゴリラはさらに力を込めて私の背を叩く。
ドォン! ドォン!
轟音が響き、地面が沈む。
松の木が揺れ、灯籠がガタガタと音を立てた。
「よくねぇよ! 手を止めろって! 痛……くはないけど!」
私はアルマジロのようにがっちりと丸まった。
——私はアルマジロ……私は丸い玉……
『限界まで追い込もうねぇ! 何発まで耐えられるか数えてみようかぁい?』
BAGが両手を広げ、私の正面でガンギマっていた。
『いっかぁ~い……』
ゴリラの鈍打に合わせ、BAGは舌を出し、ヨダレをたらしながら人差し指を立てた。
『に……かぁ~い……』
BAGは白い歯をニチャッと見せ、二本指を揺らした。
私は、脳内バグだらけの怪異へと成り下がったモンスターゴリラとBAGのコンビネーションに耐えていた。
丑の刻参りのように続けられる鈍打。
響く音。
沈む体。
しばらくしてセラの手が止まった。
——あれ、終わり? まさかあの二人が飽きたとでも言うの?
私はゆっくり目を開き、首だけを動かして周囲を見渡した。
いや、首しか動かせなかった。
「ツッコ……なんかすまねぇな……」
金髪ゴリラは眉をへの字に曲げ、私を見下ろしていた。
「ツッコちゃん、やりすぎちゃったみたいだよ」
BAGはイケメンに戻っていた。
口元に垂れたヨダレすらセクシーであった。
申し訳なさそうにこちらを見下ろす金髪ゴリラとイケメン。
私はその二人の足の隙間から、こちらを見る人影に気づいた。
「やあ、ツッコ。ご機嫌いかがかな?」
私は目を見開いた。
私はガンギマってはいないはずだ。
だが、目の前の光景に戦慄した。
地面に埋まった銀髪の魔女。
そして、同じ目線にいる私。
私はゴリランカー跡地に埋まるマンドラゴラ魔女の正面にピグミーマーモセッティングされていた。
「ちょ! ちょっとこれどうなってるの!? どうなってるんだよこれ!」
私は首だけを動かし、ゴリラとイケメンに抗議した。
「埋まったんだよ。見事な闘気運用だった。手が使えないから口で失礼するよ? パチパチパチパチ」
エスルスは小さくうなずきながら口だけで盛大なオベーションを送った。
「うるせえ、嬉しくねえよ」
私は口をとがらせて、顔を背けた。
「仕方ねぇなぁ。引き抜いてやるよ」
金髪ゴリラは蒼白い闘気を両手にまとうと、私の両脇へ手を差し込み、がっちりと体をつかんだ。
「ちょっ! 待って! イヤな予感がするから!」
——これ、さっきエスルスもなってたやつだよね!? ダメ! やめて!
ゴリラが私をリフトアップしようと腕を曲げた。
私の体が徐々に引き抜かれていく。ズボンがずれていくのを感じた。
「待てって言ってるだろぉ!」
私は地面から抜けて自由になった右手に、紫色の闘気を全力でまとわせた。
バチバチと音を立てる私の右手。
一気にセラの脳天へ振り下ろした。
ドォンッ!
大きな音を立て、セラの頭が地面に打ち付けられる。
セラは頭から地面に突き刺さり、首を支点に体を左右へ揺らした。
ゆんゆんとしばらく揺れたあと、両脚を空へ伸ばしたまま静止した。
半月がマンドラゴラ魔女、ピグミーマーモセッティング限界OL、新たに建造されたゴリラの柱を照らす。
「なんでこうなったんだろうね」
イケメンがため息を吐くように独り言ちた。




