第67話「堅牢の殲滅士がクソ上司を指導するために星になった話」 2/2
「ひぇひぇ! 暑い中では全身にオーラを纏って外気を遮断するんだ!」
クソ上司は自分の体を闘気で覆うと、両腕を広げてケーネに見せつけた。
「こ……こうですか?」
女性は闘気を体に広げる。
だが、バチバチと音を立てて安定しない。
すぐに闘気は消え、女性は再び膝をついた。
額から滴る汗が地面に落ちると、ジュッという音を立てた。
「ひぇひぇー!! 気合が足りないんだよぉ! 気合が!」
クソ上司は膝をついたケーネの前で、自分の膝をバンバンと叩いた。
バキッという鈍い音が居間に響いた。
シェリーさんの手は深緑色の闘気を放ち、無言でマウスを握りつぶしていた。
「シェ……シェリーさん?」
私は震えながら、背中に覆いかぶさるシェリーさんの存在を感じていた。
無言。
無言ではあるが、コォー……という深くゆっくりとした呼吸音だけが耳元に響いていた。
シェリーさんはダンダンとトラックパッドを叩くように操作する。
会社の管理者用ページにログインし、先ほどの動画を選択すると、そのまま非公開にしてしまった。
私は動けなかった。
背中にいる妖のような存在に震えることしかできなかった。
後方から電話のコール音が聞こえる。
「ひぇひぇ! 部門長! いかがいたしましたか?」
後ろからひぇひぇ声が聞こえた。
耳をふさぎたかったが、震えて体が動かない。
『貴様! いかがいたしましたかであるデスか! ケーネは無事デスか!?』
後方から、普段のシェリーさんからは想像がつかないような大きな声が響いた。
『ひぇひぇ〜? な……なんのことでしょうか?』
クソ上司のすっとぼけボイスが響いた。
私でもわかる。
今その応対をするのは、ボケ以外の何者でもないと。
『ふざけるんじゃないデス! ケーネは無事かと聞いてるデス……』
私は歯を鳴らした。
涙が自然とあふれた。
――お父さん、助けてください。
あなたが育てた娘は猛獣です。
私は震えるバンビです。
ナチュラルボーンバンビです。
「ひぇひぇ……あのあと倒れたので外に運び出して、病院に連れていきました……意識はあるので大丈夫です……」
クソ上司の怯えたような声に、猛獣の叫びが重なった。
『大丈夫かどうかを貴様が決めるなデス! 闘気量も、運用も個人差があるのに、いきなりダンジョンに連れて行くヤツがどこにいるデス!? 何を考えてるんデス!?』
「ひぇひぇ……でもボクは初めてでもできたので……」
『キサマはアホウデス! 個人差があると言ったデス!』
「ひぇひぇ……しかし、こんなこともできないのでは到底Aランクなんかは……」
ひぇひぇ語の醜い言い訳を遮るように、バギッと何かが壊れる音がした。
『わかったデス……』
「ひぇひぇ、わかっていただけましたか……」
『これからキサマのところに行って、私の基準で指導するデス』
「ひぇひぇ!? そ、そんなことされたら死んでしまいます!」
『うるさいデス。キサマが言ったのはそういうことデス』
私の背中が軽くなった。
背後から、シュワシュワと何かがあふれるような音が聞こえる。
そのとき、ドスドスと大きな足音が近づいてきた。
「オー、いてぇ……エスルスもフリードも、なかなかやりやがる」
セラが首をゴキゴキと鳴らしながら近づいてきた。
『セラ、ちょうどいいところに来たデス。北北東、仰角四十五度で投げてほしいデス』
シェリーさんは全身を深緑色の闘気で包み、セラへ近づくとその顔を見上げた。
「お? いいのかよ?」
セラは目を丸くして口を開いた。
『いいデス。野暮用があるデス』
シェリーさんは金色の目をギラリと光らせていた。
「じゃあ、いくぜ?」
セラはシェリーさんをつかむと、そのまま庭へ歩き出した。
『発射……デス』
シェリーさんが合図を送る。
セラが全力で右腕を振りかぶった。
その腕が蒼色に輝く。
キンキンと高い音を放っていた闘気が、やがてシシシッと細かな音へ変わった。
「そぉらよおッ!」
セラが一気に腕を振り抜く。
大きな衝撃が走り、庭にある松の木が激しく揺れた。
シェリーさんは一瞬のうちに空へ消えた。
そして。
星になった。
「へへっ! シェリーも大きくなりやがったな……」
私はぽかんと口を開いたまま、ゴリラの満足げな横顔を見上げていた。




