第66話「食欲の魔女がみんなの分のケーキを食い尽くした話」2/2
「お前の腹の中だよ。そのコンバットナイフでかっさばいてやろうか」
私は真顔で机の上に置かれたナイフを指さした。
「ふむ、ツッコ。ちゃんとシェリーの分も買ってこなくちゃダメじゃないか」
エスルスはシェリーさんを抱きしめたまま、やれやれと首を横に振った。
「シェリーさんが五等分にしてあったものをわざわざ全部食ったんだろうが」
私は重ねてある皿を丁寧に並べ直した。
「エスルスお姉ちゃん、私の分のケーキはないデスか?」
シェリーさんはエスルスの胸元から顔を上げた。
さっきまで安堵に緩んでいた目がゆらゆらと揺れ、みるみるうちに潤んでいく。
「やっぱり、トオルを連れて帰らないから怒ってるデス」
シェリーさんはエスルスの服から手を離し、包丁の柄を胸元へ抱き寄せた。
大粒の涙が頬を伝った。
「シェ……シェリー! まさか、怒ってなどいないさ? ボクが怒るのはプリンを勝手に食べられたりした時だけだよ? ほら、シェリー! これを食べるんだ」
エスルスはビクッと肩を跳ねさせた。
さっきまでの余裕はどこへやら。慌てて机の上に置いてあった箱をつかむと、包装をビリビリと引き裂いた。
箱の中からチョコレートを一つつまみ上げ、シェリーさんの目の前へ差し出す。
「いいんデスか……?」
シェリーさんは涙を指で拭いながら、エスルスの指先にある茶色い塊をじーっと見つめた。
「いいとも! ほら、口を開けるんだ」
エスルスは頬を緩めると、シェリーさんの口元へチョコレートを運んだ。
シェリーさんは恐る恐る小さな口を開け、チョコレートを口に含んだ。
もぐもぐ。
さっきまで涙で潤んでいた目が、少しずつ大きく見開かれていく。
ごくり。
「あ、甘いデスぅ……こんなにおいしいもの、初めて食べるデスぅ……」
シェリーさんは両手を頬に当て、ふにゃりと表情を緩ませた。
涙の跡を残したまま、口元がにへらっと持ち上がっている。
「そうだろう? そうだろう? この世界にはケーキだけじゃなくて、チョコレートという素晴らしい食べ物もあるんだよ」
エスルスは満足そうに何度もうなずき、もう一粒チョコレートをつまみ上げた。
シェリーさんの目が、その指先を追いかける。
右へ。
左へ。
エスルスが試しにチョコレートを持ち上げると、シェリーさんの顔も一緒に上を向いた。
「もう一つ食べるかい?」
「食べるデス!」
シェリーさんはさっきまで泣いていたのが嘘みたいに、勢いよく両手を上げた。
「ふふん、いい返事だ。ほら、あーん」
「あーんデス」
エスルスが差し出したチョコレートを、シェリーさんがパクッと頬張る。
もぐもぐもぐ。
今度は最初から幸せそうに頬を緩ませていた。
「おい、エスルス」
私は二人を見ながら頬杖をついた。
「なんだい? ツッコ」
エスルスは三個目のチョコレートへ手を伸ばしながら、私へ顔だけを向けた。
「餌付けして誤魔化してんじゃねぇよ」
「人聞きが悪いね。これは姉妹の心温まる交流というものだよ」
エスルスはチョコレートの箱を抱え込み、私から守るように体を横へ向けた。
「もう一個ほしいデス」
シェリーさんはエスルスの服の裾をちょこんとつまみ、キラキラした目で箱を見上げた。
「もちろんとも。好きなだけ食べるといい」
エスルスは得意げに胸を張り、箱ごとシェリーさんの前へ差し出した。
「おい、エスルス、さっきも言ったがシェリーに甘いもんバッカ食わせるんじゃねーよ」
セラが机に手を置き立ち上がった。
「シェリーだってもう大きくなっているんだ。チョコレートの三個や四個でどうこうならないさ」
エスルスは腕を組んで立ち上がった。
シェリーさんはその横でチョコレートを食べつくしていた。
「甘い物食べると体から力があふれるデスぅ」
シェリーさんは額の桜の髪飾りを外すと、手の中で握りしめた。
緑色の闘気が指の隙間からあふれ、髪飾りが大きな銃へと姿を変えた。
「え……シェリーさん、それは何ですか……?」
私は思わず目を見開いた。
「カラシニコフデス!」
「なんで!?」
「はーっはっはっはーッ! 止まらないデスゥううッ!」
シェリーさんは銃を抱えて庭へ駆け出した。
空に銃口を向けると、そのまま引き金を引く。
ダダダダダダッ!
銃口から緑色の闘気に包まれた弾丸が次々と撃ち出された。
「おい! エスルス! お前が食わせすぎるからだろ!」
セラが青い闘気で全身を包み、ゴキゴキと指を鳴らした。
「即オチのくせにボクに意見を言おうっていうのかい? 表に出るんだね」
エスルスの体から黒色の波動が滲み出した。
「なんだぁいなんだぁい! 楽しそうな話に僕も混ぜてくれないかぁい!」
フリードは十字架を握りしめた。黒い霧が噴き出し、その手に黒剣が姿を現す。
「なんでお前まで参加すんだよ!」
私は中庭で騒ぎ始めた四人を眺め、それから空を見上げた。
半月が煌々と辺りを照らしている。
「うん! 四人ともやっぱりろくでもねぇや!」
私は中庭に通じる扉を閉めると、一人で皿を片付け始めた。




