第66話「食欲の魔女がみんなの分のケーキを食い尽くした話」1/2
私はシェリーさんの話を聞き、膝の上で拳を握りしめていた。
――シェリーさん……壮絶すぎない……?
爪が食い込むくらい力を込めても、胸の奥でぐるぐると渦巻くものは消えてくれない。
シェリーさんはドッグタグを握りしめ、下を向いて大きく息を吐いていた。
フリードは何も口にせず、そんなシェリーさんを強く抱きしめている。
セラは眉間に深いしわを寄せ、大きな足をダンダンと貧乏ゆすりしていた。
そのたびにテーブルの上のカップがカタカタと揺れる。
いや、家まで揺れてるんだけど。
エスルスは……
私は目を疑った。
エスルスは自分の前に四枚の皿を積み上げ、最後の一枚に残ったクリームをペロペロと舐めていた。
「この世界のお菓子もとても美味しいね? おかわりはあるのかな?」
エスルスは満足そうに目を細めると、五枚目の皿をカチャンと重ねた。
そして何の悪びれもなく、私に向かって手のひらを差し出した。
「あるわけねぇだろ……お前! シェリーさんの話を聞いてたのかよ!」
頭の中で何かが切れた。
私は椅子から身を乗り出す。握った拳から紫色の闘気がブワッとあふれ、そのまま机へ振り下ろした。
その瞬間。
私の拳と机の間に、大きな左手が滑り込んだ。
ドンッ!
私の拳がセラの手のひらにめり込む。
「ツッコ、気持ちはわかる。だが本質はそこじゃねぇよ」
セラは眉を寄せたまま私の拳を優しく握り、包み込むようにもう片方の手を添えた。
「そうだとも。シェリーは大変な経験をした。だが、それでもトオルは死んでいない」
エスルスは何事もなかったかのように紙袋へ手を突っ込み、チョコレートの箱を取り出した。
ガサガサという音だけがやたらと部屋に響く。
「トオルは死んでるかもしれないデス……」
シェリーさんはドッグタグから手を離し、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。迷彩柄のワンピースから木片のようなものがはみ出ていた。
「シェリー、それだよ」
エスルスの手が止まった。
取り出したチョコレートの箱を机の上へコトンと置く。
そのまま指先を伸ばし、シェリーさんの胸元を指さした。
「え? これがどうかしたデスか?」
シェリーさんは胸元から鎖につながった木片を取り出した。包丁の柄だった。
机の上にコトリと柄を置いた。
そこには『食実剛健』と刻まれていた。
「それはトオルの魔闘具だ。フリード、説明を頼むよ」
エスルスは身を乗り出すと、指先で『食実剛健』の文字をゆっくりとなぞった。
「なるほど……そういうことですか」
フリードは何かに気づいたように目を見開いた。
シェリーさんの肩に手を置いてからそっと膝から下ろすと、立ち上がって部屋の隅へ向かう。
壁に立てかけてあった黒剣を拾い上げた。
「これは僕の魔闘具です」
フリードが黒剣の柄を握りしめる。
刀身から黒い霧があふれ、剣全体を包み込んだ。
霧が晴れたとき、フリードの手の中には小さな黒い十字架が握られていた。
「え!? それって十字架だったの?」
私は思わず椅子から腰を浮かせ、フリードの手元を覗き込んだ。
「ああ。魔闘具はね、持ち主の闘気と魔力で媒介となるものから形成されるんだ。出したままにしておくこともできるんだよ」
フリードは黒い十字架を指先でつまみ、私たちに見えるように掲げた。
「バカ言ってんじゃねぇよ。常時二本も具現化して、肌から離してもそのままにできるのはテメェくらいだろうが」
セラは私の拳をようやく離すと、呆れたように鼻を鳴らした。
「そう。普通は持ち主が手放したら元の形に戻るんだよ。意識を失ったり、ましてや死んだりなんかしたら当然だ」
フリードは苦笑しながら黒い十字架を握り直した。
「でも、それは柄のまま残っている。つまりそういうことだよ」
エスルスは包丁の柄を指先でトントンと叩いた。
シェリーさんの肩がピクリと動いた。
「トオルは……トオルは生きてるデスか!?」
シェリーさんは勢いよく顔を上げた。
さっきまで伏せられていた瞳が大きく見開かれ、両手が震えている。
「そういうことだよ。シェリーはトオルを殺してないんだ」
エスルスは椅子から立ち上がると、シェリーさんの小さな体を胸元へ抱き寄せた。
シェリーさんはしばらく動かなかった。
やがて、エスルスの服を小さな両手でぎゅっとつかんだ。
「お姉ちゃん……私は家族でいいデスか……?」
シェリーさんはエスルスの胸元に顔を埋めたまま、ほんの少しだけ顔を上げた。
「いいとも」
エスルスはシェリーさんの後頭部に手を添え、もう片方の手で背中をトントンと優しく叩いた。
「ケーキを一緒に食べてもいいデスか……?」
シェリーさんはエスルスの服を握ったまま、机の方へちらりと目を向けた。
「……いいとも……」
エスルスの手が止まった。
シェリーさんの顔を自分の胸へグイッと押し戻す。
そして、そーっと首だけを動かした。
机の上に五枚の空になった皿が綺麗に積み上がっている。
エスルスのこめかみから、大粒の汗がツーッと流れ落ちた。
「ツッコ、キミはケーキをどこにやったのかな?」
エスルスがゆっくりと私へ顔を向けた。
口元は笑っている。
だけど、その目には深淵のような闇が広がっていた。




