第65話「堅牢の殲滅士になる前の少女が堅牢の殲滅士になってしまった話」1/2
メッサーとトオルは大剣に弾き飛ばされ、壁へ体を打ち付け、その場に倒れていた。
壁には大きなひびが入り、二人は倒れたまま動かない。
オークキングは大きな体を左右に揺らしながら、一歩ずつメッサーとトオルの方へ向かっていた。
私はバルコニーの手すりに手をつくと同時に、全身を闘気で包んだ。
「おい! 嬢ちゃん、何する気だ!」
隣にいた魔法使いが、地面を歩くオークたちに炎の球を撃ち出しながら私に手を伸ばした。
私はその手をすり抜けるように飛び降りた。
「どくデス!」
愛銃を構え、目の前にいた中型のオークの眉間を撃ち抜く。
全身を激しい緑色の闘気が包む。
私は地面を踏みしめながら、トオルの元へ駆けた。
「トオル! 大丈夫デスか!」
トオルは膝をついたまま、頭から血を流していた。
何度呼びかけても、目の焦点が合っていない。
体を包んでいた紫色の闘気も、今にも消えてしまいそうなほど薄くなっていた。
――まさか……闘気枯渇……?
メッサーは隣で倒れたまま、ぴくりとも動かない。
私は二人をかばうように前へ立った。
こちらへ近づいてくるオークキングと、残ったオークジェネラルを見据える。
「来るなら来いデス……」
額から汗が流れた。
愛銃の銃床を下へ引き伸ばし、その先端を地面へ突き刺す。
オークキングは濁った目で私を見つめていた。
口元がわずかに持ち上がったように見えた。
笑っている。
私の手は震えていた。
地面に固定しているはずの愛銃が、小さく揺れている。
一度、大きく息を吸った。
そしてオークキングを睨みつける。
手のひらを中心に深緑色の光が広がり、愛銃の銃身を包み込んだ。
光は銃口へ集まり、大きな渦を描く。
引き金にかけた指に力を込めた。
「発射デスッ!」
銃口から緑色の閃光が放たれた。
閃光はオークジェネラルの胴体を貫き、そのまま大きな穴を開ける。
オークジェネラルは数歩よろめき、地面へ倒れ込んだ。
それでもオークキングは止まらない。
私の方へ歩いてくる。
私は全身から汗を流しながら、もう一度愛銃に力を込めた。
銃口に緑色の光を集める。
だが、さっきのようにうまくまとまらない。
光が銃身の周りで激しく揺れていた。
「私が……」
後ろを一瞥した。トオルはまだ俯いたままだった。
私は引き金を握りしめる。
「私がトオルを守るデスゥウッ!」
喉が枯れるほど叫んだ。今まで、こんなに大きな声を出したことはなかった。
銃口から緑色の閃光が放たれる。
愛銃が大きく揺れた。
私は両足を地面に踏ん張り、銃身を押さえ込んだ。
閃光がオークキングの胸に直撃する。
その巨体が煙に包まれた。
「やったデス……!」
私は銃床を握りしめた。
しかし、煙の向こうに大きな影が残っていた。
オークキングが立っている。
胸から煙を上げながら、先ほどと同じように口元を歪めた。
「ブオオオオオオオッ!」
咆哮を上げ、私へ向かって走り出した。
私に。
トオルに。
メッサーに。
迫ってくる。
私はもう一度愛銃へ力を込めた。
だが、緑色の光は出なかった。
腕から力が抜ける。
指が動かない。
愛銃を支えることすらできなかった。
「もう……ダメデス……」
目の前までオークキングが迫っていた。
「トオル……ごめんなさいデス……」
泣き言を漏らした、そのときだった。
私の前に大きな背中が立った。
全身を赤黒い闘気に包んだトオルだった。
右手には牛刀。左手には中華包丁。
二本の包丁も、トオルの体と同じ赤黒い光をまとっていた。
「ニコ、すまなかったな。無理させた」
トオルは振り向かなかった。
「無理は親父がするもんだろ」
両腕を左後方へ引く。
全身をねじり、腰を落とした。
次の瞬間、トオルの体が回転した。
赤黒い線が何重にも走る。
オークキングの巨体を包み込むように交差した。
オークキングは腕を振り上げたまま動きを止める。
トオルの回転が止まった。
両手の包丁を交差させるように左右へ振る。
オークキングの巨体が崩れた。細かく分かれた肉片が、その場に落ちていく。
「ふぃぃぃ……ちょっちきつかったなぁ」
トオルは額の汗を拭い、私の方を振り返った。
「シェリー、ケガは――」
トオルの言葉が止まった。
私たちの間に、黒い球体が浮かんでいた。
「あれは……」
背中が冷たくなった。
「暴食の悪魔デス……?」
黒い球体が少しずつ大きくなる。
私の顔を黒い光が照らした。
「またかよ!」
トオルが私の前へ飛び出した。
「しつこいお客さんはお引き取り願うぜ!」
牛刀を振り上げ、黒い球体へ斬りかかる。
刃が球体へ触れた瞬間、周囲の景色が歪んだ。
「トオル!」
手を伸ばした。
だが、届かなかった。
黒い球体が一気に膨れ上がった。
その中心に、黒いローブをまとった女の姿が見えた。
角。
青白い肌。
金色の目。
暴食の悪魔だった。
トオルは女の前に立っていた。
全身を赤黒い闘気に包んだまま、二本の包丁を構えている。
「ニコ! 下がれ!」
トオルが私を見た。
「嫌デス! 私も……」
「いいから行け!」
初めて聞くほど大きな声だった。私は足を止めた。
トオルは少しだけ笑った。
「子供は大人の言うこと聞いとけ」
暴食の悪魔が手を伸ばす。
トオルの周囲に黒い光が集まった。
赤黒い闘気と黒い光がぶつかり合う。
空気が大きく震えた。
「トオル!」
私は愛銃を杖代わりにして立ち上がろうとした。
その瞬間。
黒い光が視界いっぱいに広がった。
大きな音がした。
地面が揺れる。
私は何かに吹き飛ばされ、そのまま地面を転がった。
「トオ……ル……」
顔を上げる。
さっきまでトオルが立っていた場所には、何もなかった。
暴食の悪魔も。
トオルも。
黒い球体も。
全部、消えていた。
私は立ち上がろうとした。
手に力が入らない。
「トオル……?」
返事はない。
少し離れた場所にメッサーが倒れていた。
ツァンゲが駆け付け槍を投げ出し、メッサーの胸に手を当てる。
小さくうつむき、首を横に振った。
「メッサー……」
私はトオルの姿を探した。
どこにもいない。
足元がふらついた。
視界が暗くなる。
「トオル……どこデス……?」
そのまま、私は意識を失った。
————
次の日。私はツァンゲたちと一緒に、昨日大きな爆発が起きた場所へ向かった。
そこには巨大な穴ができていた。
地面が抉れ、建物も木も何も残っていない。
「トオル!」
私は穴の中へ駆け下りた。
「トオル! いるなら返事するデス!」
瓦礫をどかす。
地面を掘る。
黒く焦げた石をひっくり返す。
何度名前を呼んでも返事はなかった。
「トオル……」
足元に小さなものが落ちていた。
拾い上げる。
包丁の柄だった。
刃は途中から折れている。
残った金属部分に、文字が刻まれていた。
『食実剛健』
トオルの包丁だった。
「……ウソ……デス」
胸の奥が痛くなった。
「私が……」
愛銃を握った手が震える。
「私がもっと強かったら……」
トオルは私を守らなくてもよかった。
私がもっと強かったら。
トオルは消えなかった。
「私が……トオルを……」
その日から。
私は泣かなくなった。




