第63話「限界配信者の父がありもの料理で笑顔を作った話」 2/2
「すごくいい匂い……」
ケーレはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、厨房の奥へ鼻をひくひくさせた。
「もうできたから中に入るデス」
私はケーレの手を取ると、トオルの前まで連れていった。
「お、腹ペコウサギ娘の登場か? ほら、できたぜ?」
トオルは湯気の立つ皿を持ち上げ、ケーレの前へコトンと置いた。
ケーレは椅子によじ登ると、隣の席にウサギをちょこんと座らせた。
「いただきます」
ケーレは両手を合わせて小さく祈るとスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。
「おいしいっ!」
ケーレは目を輝かせ、もう一度スプーンを突っ込んだ。ジャガイモを頬張り、スープをすすり、また次の一口を運んでいく。
「スープが……お肉の味がする。体が暖かいよ……」
ケーレはスプーンを握ったまま、ぽろぽろと涙をこぼした。
「おいおい、焦るなよ? ケーレ、お前のスープは逃げやしないよ」
トオルはケーレの頭を大きな手で撫でると、お盆に残りのスープを並べていった。
「みんな手伝ってくれ。表の腹ペコ共にも差し入れだ」
トオルが顎で大部屋の方を示した。
メッサー、ベッヒャーと私はそれぞれお盆を持ち、十数名分のスープを中央の大部屋へ運んでいく。
トオルは鍋とお玉を手に、最後についてきた。
「なんかいい匂いがするな」
「腹減ってきたよな」
「どうせまた芋料理だろ?」
部屋にいた人たちが鼻をひくつかせ、私たちの持つ皿へ次々と顔を向けた。
「おらおら、腹ペコども! そろいもそろって辛気臭い顔してんじゃねぇぞ? 何があったか知らねぇが、まずはうまいもんでも食って、それから考えやがれ」
中央のテーブルにスープを置くと、トオルはお玉で鍋をカンカンッと叩いた。
部屋中の視線が一斉にトオルへ集まる。
だけど、誰も席から動かなかった。
「なんだなんだ? ただ飯食うだけなのに警戒しまくっちまって。おいニコ、いらねぇみたいだから全部食っちまえ」
トオルはお玉を私に向け、ニヤリと笑った。
「いや、それはまずいデスよ」
私は十数人分のスープと自分のお腹を交互に見て、ぶんぶんと首を横に振った。
「何言ってんだ、腹ペコ娘。お前が腹鳴らすから作ったんだろ? まず一番に食ってもいいぜ」
トオルは空いている椅子を足で引き、私の前へ差し出した。
私はメッサーの顔を見上げた。
メッサーは私とスープを交互に見ると、小さくうなずいた。
私は椅子に座り、スプーンを手に取る。干し肉とジャガイモを一緒にすくい、口に運んだ。
もぐもぐ。
ごくり。
口の中に優しい甘みと、ほのかな塩味、香辛料の香りが広がった。
「お……おいひいですぅ……」
気がつけば、私の手は止まらなくなっていた。
パクパク、ごくごく。
一口、また一口と食べるたびに、お腹の中からじんわりと温かくなっていく。
口いっぱいに幸せの味が広がる。
私の皿からスープがなくなり始めたころ、一人の男がおそるおそる手を上げた。
「お、俺にもくれよ」
「あたしにも!」
その一言をきっかけに、みんなが一斉にテーブルへ集まってきた。
私の前に並んでいた皿が、あっという間になくなっていく。
「う、うめぇ! 久しぶりにこんなスープを食べたよ!」
「普段と同じものなのに何が違うの?」
あちこちから弾んだ声が聞こえてくる。
私は空になった皿を手にしたまま立ち上がり、周囲を見渡した。
ここに入ってきたときとはまるで違っていた。
みんなが笑っている。
「す、すごいデス」
私は空っぽになった皿を胸の前でぎゅっと抱え、もう一度みんなの顔を見回した。
「そうだろ? ニコ、これが料理の力だよ。絶望したときほどうまいもん食って、笑顔になる。これが一番だろ?」
トオルは腰に両手を当て、満面の笑みを浮かべた。
私も小さく微笑むと、もう一度周囲に目を向けた。
料理のいい匂い。
笑顔。
笑い声。
トオルの横顔を見上げる。
トオルは目を細め、同じようにみんなの姿を眺めていた。
胸の奥が、さっき飲んだスープみたいにじんわりと温かくなった。
私はこの景色がずっと続けばいいのにと思った。
これが私が見た最後の、素晴らしくて幸せな景色だったのかもしれない。
その直後から、私は戦火の中心に立つことになった。




