第63話「限界配信者の父がありもの料理で笑顔を作った話」 1/2
トオルと私はメッサーに連れられ、建物の中に入っていった。
中は薄暗く、入口を入ってすぐの大きな部屋には、鎧やローブに身を包んだ大人たちが十名ほどいた。ソファに腰掛けたり、カウンターのような席に座ったりしながら、小さな声で会話をしている。全員が何らかの武器を身に着けていた。
メッサーとトオルは左手にある扉へ向かった。私は二人を追いかけようとしたが、大きな部屋と通路をつなぐ扉の前に、ウサギのぬいぐるみを持った小さな少女が座っていた。
少女の頬は少しこけていた。
「ケーレ、下に降りてきちゃダメだって言っただろ?」
メッサーがケーレと呼んだ少女の脇に手を入れ、ひょいと抱き上げた。
「だって、上、つまんないんだもん」
ケーレはウサギのぬいぐるみを胸に抱えたまま、ぷくっと頬を膨らませた。
「そうかもしれないけど、危ないと言っただろう?」
メッサーは困ったように眉を下げると、ケーレの乱れた髪を手で整えた。
「お腹もすいたし……おやつか何か食べたい」
ケーレはぬいぐるみに顔を半分埋め、うるんだ瞳でメッサーを見上げた。
「嬢ちゃん、おじちゃんがいいもん作ってやろうか?」
トオルがケーレと目線を合わせるようにしゃがみ込み、その小さな頭を優しく撫でた。
「おじちゃん誰?」
ケーレは頭に乗った大きな手を両手で押さえ、首をかしげた。
「トオル・ミヤグニ。コックさんだ。おいしいご飯を作るのが得意なんだ」
トオルはニッと歯を見せると、腰に並んだ包丁を親指で示した。
「包丁いっぱい! すごいね」
ケーレはぬいぐるみを抱いたまま身を乗り出し、キラキラと目を輝かせた。
「ケーレは何か食べたいもんはあるか?」
トオルは膝に肘を置き、頬杖をついてケーレの顔を覗き込んだ。
「おいしいスープが食べたい。でも、材料がないって……」
ケーレはさっきまで輝いていた目を伏せ、ぬいぐるみの長い耳を指先でいじった。
「なるほどな。まあでも、おじさんに任せとけ。ちょっと待ってろよ」
トオルはケーレの頭をポンポンと二度叩いて立ち上がると、小さく手を振った。
私たちは扉を抜け、メッサーの後ろについて薄暗い通路を進んでいく。
「トオル、大丈夫なんデスか?」
私はトオルの隣まで駆け寄り、歩きながらその顔を見上げた。
「んー、まあ何とかなるだろ」
トオルは頭の後ろで両手を組み、気楽そうに歩いていく。
「ここだ」
メッサーが足を止め、キッチンの扉を押し開けた。
中は煤けた石造りの厨房だった。錆びついた大鍋や調理器具はどれも丁寧に磨かれていた。
トオルは中を歩き、食材の入った壺の中を覗いたり、大鍋の内側を丁寧に見つめたりしていた。
「話し声は聞こえてきたのですが、ジャガイモに干し肉、タマネギくらいしかありませんよ。あと、塩は貴重なので、あまり使わないでいただけると助かるのですが……」
キッチンの奥から一人の男が姿を現した。私より少し背が高いくらいの、眼鏡をかけた小柄な男だった。
「トオルだ。少しキッチンを借りるぜ。材料はそこまで使わねえように注意するぜ」
トオルは眼鏡の男へ大きな手を差し出した。
「ご丁寧にありがとうございます。ベッヒャーです。補給係と調理担当をやっています」
ベッヒャーは眼鏡の位置を直してから、トオルの手を握り返した。
「ベッヒャー、よろしくな。場所を借りるぜぇ」
トオルはバンダナを頭に巻くと、手を洗う。出刃包丁を取り出し、二度ほど手の中で回転させて握ると一呼吸置いた。
大鍋に水を入れると、小さく干し肉をちぎり中に沈める。
「干し肉には香辛料が使われてるからな。出汁を取るぜ」
トオルはオイルを染み込ませた麻布をくべ、火打ち石を鳴らす。一発で散った火花が油に食らいつき、ごうっと心地よい唸りを上げて炉内が黄金色に染まった。
「火の調整は手伝うデス」
私は薪をつかむと火の様子を眺めながら、薪の位置を調整する。
「ニコ、助かるぜ」
トオルはジャガイモを手に取ると、シュルシュルシュルルと皮をむいていく。粗く、小ぶりな角切りにしていった。
タマネギもヘタを落とし、ストトトトッとスライスしていく。
トオルは手際よく野菜を切り終えると、ゴロゴロとしたジャガイモと薄切りのタマネギを次々と大鍋へ投入していった。
棚から瓶を取り出すと、少量の塩を全体に振りかける。
「具材を入れたら、あとはじっくり煮込むだけだ。旨味を逃がさないように蓋をするぜ」
トオルが年季の入った鉄の蓋を閉めると、コトコトと穏やかな沸騰音が厨房に響き始めた。しばらくすると、干し肉のスパイスとタマネギの甘い香りが混ざり合った湯気が、蓋の隙間からふわりと漂ってきた。
「いい匂いデス……」
私は小さく鼻を鳴らし、お腹を鳴らさないようにそっと押さえた。
「はは、腹ペコだな。もうひと踏ん張りだ。すぐに極上のスープが仕上がるからよ」
トオルは柔らかく笑うと、壁に立てかけてあったお玉を手に取り、そっと蓋を開けて中の様子を確かめた。煮崩れかけたジャガイモのとろみが加わり、スープは黄金色からまろやかな乳白色へと表情を変えていった。
トオルが目を閉じる。
次の瞬間、淡い緑色の光が指先からあふれ、鍋の中のスープを包み込んだ。
「お皿を出しますね。しかし、素晴らしい手際ですね」
ベッヒャーは感心したように鍋の中を覗き込んでから、戸棚から木の皿を取り出して並べた。
「まあ、一応これが俺の仕事だからな」
トオルは照れくさそうに鼻の下をこすると、お玉でスープを木の皿に注いでいく。
ガチャリ。
扉が小さく開いた。
隙間からウサギの耳だけがぴょこんと覗いている。
だけど、いつまで経ってもウサギは中に入ってこない。
私は扉まで歩いていき、一気に開けた。
ケーレがウサギのぬいぐるみを抱きしめて立っていた。




