第61話「堅牢の殲滅士になる前の少女が暴食の悪魔と対峙した話」2/2
『暴食の闇よ、すべてを喰らう深淵よ……我が声にこたえたまへ……』
女は呪文のようなものを唱え始めた。
「おいおい、その魔術は腹ペコ姉ちゃんの禁呪じゃねぇかよ……子どもに見せるもんじゃねぇぜ」
トオルは両手に握った包丁を前で擦り合わせシャリシャリと音を立てた。
「俺も本気を出さねぇとマズイみてぇだな……ニコ! 両手両足と頭を闘気でカバーしろ!」
トオルの紫色の闘気が私を包み込み、トオルの背中に引き寄せた。
女の詠唱は続く。
トオルの体を包み込む紫色の闘気はバチバチという音を立てていたが、徐々にキンキンという甲高い音に変わり、シシシシッ! という薄い音になった。
最後には静寂に変わった。
トオルは牛刀と中華包丁を自分の前で二度ほど回転させて握りこんだ。
「双剣極・三重三元胴」
「暴食の深淵……」
トオルが私を背負ったまま地面を蹴った。目の前から黒色の小さな球体が迫ってきた。
トオルの両手が左右に平行に並び黒色の球を切り裂いた。
一、二、三。
トオルの手が高速で前後に往復する。黒色の球は霧散した。
「ほう! 暴食の深淵の発動前に切り裂くとは驚きだな!」
女は目を見開き、広げた両手をそのまま固まらせた。
「何、余裕ぶってんだよ?」
トオルは牛刀と中華包丁を背中の鞘にしまった。
「汝、なぜ武器を収める?」
女は不気味な黄金の瞳を細めた。
「何って。調理が終わったからな。あとは皿に盛りつけて、並べて食うだけだ」
トオルは手を払うと、大きく息を吐いた。
「どういう意味……グッ!」
女は腹を押さえた。
女の腹にゆっくりと二本の切れ込みが入っていく。切れ目から血があふれ、女も口から血を吐いた。
「三重三元胴は、俺の奥義の一つだ。放ったからにゃあ食材はすべておいしく調理完了よ。ま、流石にコロシはしたくないからな。今日は帰んな。ご飯食べに来るならいつでも相手してやるよ」
トオルは人差し指と親指を銃のように伸ばし、女に突きつけた。
「フハハッ! 面白い! 汝は面白いな!」
女は口から血をあふれさせながら笑った。
「おいおい、そんななりで笑ってたら血が飛んでバッチいだろ。口は閉じてくれよ」
トオルは肩を竦め、手首をひらひらと振った。
「我はこの傷を癒してから、汝を喰えることを楽しみにしているぞ」
女は両腕を大きく開くと周囲が暗闇に包まれた。
「なんだよこりゃあ? 殺気はねえみたいだが」
トオルは私を抱き寄せ、周囲を見つめていた。目が白く輝いていた。
「クソッ! そういうことかよ! ニコ! しっかりつかまってろよ」
トオルは女に背中を向けると走った。
私は必死にトオルの背中にしがみ付いた。
「はははッ! 気づくのが遅いわ! 我が領土まで案内してやろうぞ!」
女の叫び声が消えた。
同時に私たちの視界も真っ黒になった。
しばらくして月明かりが見えた。
「あー……ニコ。ちょっち俺と旅行に行くか。もう着いちまったけど」
トオルはゆっくりと私の背中を撫でると、トントンと背中を優しくたたいていた。
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「ここまでが暴食の悪魔と初めて会った時の話デス」
シェリーさんはカップを手に取るとオレンジジュースを飲み干し、大きく息を吐いた。
「シェリー……大丈夫かい? 無理はしなくていいよ」
エスルスはシェリーさんのカップを手に取り、オレンジジュースを足した。
「ああ、エスルスの言うとおりだぜ。昔を思い出すのはしんどいだろ?」
セラは別のカップに麦茶を注ぐとオレンジジュースの入ったカップと入れ替えた。
「大丈夫デス。その後、私がこの世界に来るまでの話をするデス」
シェリーさんが迷彩柄のワンピースの裾をまくり上げると、内側からチャラチャラと金属の触れ合う音がした。ワンピースの内側に手を入れた。
「私が暴食の悪魔の領内でレジスタンスとして戦った時の話デス」
シェリーさんがドッグタグを机に並べた。その数は優に十を超えていた。




